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6章 こゆび
帝翔学院伝統の『鬼の所業・前期中間考査』。
要するに長期休暇でサボっていなかったかを調べるもので、夏休み明け2日目に5教科いっぺんに行うため、友達にノートを借りて一夜漬けという技が使えない。
『鬼の所業』とは呼ばれているものの、交友関係の狭い陰キャタイプにとっては、友達の多さで学力に差が開かないありがたい施策でもある。
そして優等生を恋人に持つ俺にとっては、夏休みに彼の家に通える良い口実だった。
無事テストを終えた本日。今から達紀の家に行く。
お疲れさま会と称しているけど、実際のところは、俺も、多分達紀も、違うことを考えている。
俺たちは2週間ほど、テスト勉強が終わるといつも、体を触り合っていた。
本当はセックスがしてみたかったけれど、一応勉強が目的だから、その片手間の流れで初めてをするのは、なんだか味気ないなと思っていた。
だから、その日の勉強が終わったら、ご褒美代わりに触り合う感じ。
とはいえ、今までよりは少し進展して、お尻の中に指を挿れてみたりとか、お互い、本当にセックスする時に備えていたように思う。
……もちろん、口には出さないけど。
「おじゃましまーす」
トントンと2階に上がると、達紀が明らかにそわそわしていた。
なぜか正座で向き合う。
達紀は目線を斜め下の床に視線をそらしながら言った。
「あのさ」
「うん」
「えっと、……僕、あおのことすごく好きで。もうすぐ付き合って3ヶ月で。最初よりもっともっと好きになってて」
「うん」
達紀は、おそるおそるといった感じで、上目遣いに尋ねた。
「……あおと、ちゃんと最後までしてみたいんだ」
「俺もそう思ってたよ」
達紀は、ホッとしたように眉尻を下げて笑った。
「よかった。緊張した」
「俺だって達紀のこと好きなんだから、したいに決まってるでしょ」
達紀があぐらをかいて両手を広げたので、ダイブするみたいに真正面から抱きついた。
それなりに勢いがついていたけど、元サッカー部のギタリストはびくともしない。
ぎゅうっと抱きしめてくれた。
「あお、可愛い。大好き」
髪とか耳とかまぶたとか、色んなところにくちびるを寄せて、たくさんのキスをくれる。
口をちょっと突き出してねだったら、何度もついばむみたいに口づけてくれた。
「ん、達紀……、肌触りたい」
お互い服を全部脱いで、ベッドに寝転びくっつく。
肌の感触を味わい、少し速まった心音を感じ、幸せを噛みしめる。
皮膚の上を滑る彼の吐息は熱い。
「は……、キスで息止めて欲し……」
柄にもないことを言ってみたら、達紀は口をまるごとふさぐみたいにしてくれた。
川底に沈んで溺れるような感覚。
腕にしがみつきながらちょっとジタバタして、顔を離した。
「……っ、ぷは、はぁ」
「可愛いな。キスよりもっとしていい?」
こくっとうなずくと、達紀は慈しむように目を細めて、何度も俺の頭をなでた。
ふたりとも中心には火がついていて、固くなっている。
いつもならここで触り合うのだけど、きょうの達紀はそうしない。
俺を押し倒し、覆いかぶさった、その時。
――ピンポーン
インターホンが鳴った。
固まる。が、達紀は無視して、また俺の体をなで始めた。
しかし。
――ピンポーン
「達紀、出てきなよ」
「…………すっごいごめん」
絶望的な顔で服を着て、フラフラと部屋を出て行く恋人。
優しくて王子さまみたいな。
思わず噴き出してしまった。
こういうとき達紀は、王子さまでもなんでもなく、本当に普通の男子高校生なのだ。
3回目のインターホンが鳴って、玄関を開ける音がした。
しかし、来訪者と話すような様子はなく、代わりに、達紀の「あれ? あれっ?」という戸惑ったような声が聞こえる。
ドアがガチャっと締まった。けれど、達紀の足音はしない。
どうやら外を見に行ったらしい。
ややあって再びドアが開いて、達紀はトントンと階段を上がってきた。
「大丈夫? 宅配便?」
「いや……、誰もいなくて。気味悪いよね」
眉をひそめて、ベッドに腰掛ける。
俺は、自分だけ裸なのが恥ずかしくなって、慌てて服を着始めた。
その間も達紀は、難しい顔のまま首をひねっている。
「なんだろ。ピンポンダッシュにしても、こんな白昼堂々とやる?」
「いや、ピンポンダッシュって普通、こんな広い一戸建てにしないよ。家の人出てきたら怖いし。それに、3回も押さない」
考えるほどに謎は深まるし、ちょっとばかり、何かの犯罪の線も頭によぎる。
「どうしよ。続き、する?」
「んー、任せる」
達紀はちょっと考えた後、苦笑いした。
「全然そういうムードじゃなくなっちゃったね。また今度に仕切り直そうか」
またおあずけ。
ちょっとがっかりしたけど、まあ、ゆっくりできるときにした方がいいというのは自分も同意見なので、そうすることにした。
ゆるっともたれかかって、目をつぶる。
と、その時。
外からわーっと子供の泣き声がした。
ギョッとして顔を見合わせる。
「行こうっ」
達紀が反射的に立ち上がって、早足に階段を下りる。
俺も慌てて追いかけ、玄関を開けると、小学校低学年くらいの女の子が泣いていた。
「ユナちゃん!? どうしたの?」
達紀が知っている子らしい。
怪しい人物がいないかと辺りを見回したけど、誰もいなかった。
達紀がさっとしゃがんで同じ目線になると、ユナちゃんと呼ばれた子は、しゃくりあげながら手のひらで何度も涙をぬぐった。
どうしたのかと尋ねても、泣くばかり。
「ここじゃ危ないから、こっちおいで」
道路から家の敷地に招き入れると、ユナちゃんはようやく言葉を発した。
涙声で、たった一言。
「……ひっこし、やだぁ」
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