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 翌週、月曜日。  登校すると、なんと、祐司が声をかけてきた。 「なあ、碧」  およそ4ヶ月ぶりに聞いた声だった。  返事をするか、迷う。  浮かぶのは『散々無視してきたくせにいまさら何だ』という気持ちと、『今これに答えなかったら、2度と話すことはないかも知れない』という気持ち。  迷いに迷って、顔を上げた。 「……なに」  出たひと言は、情けないほど震えていて、弱々しいものだった。  祐司が一瞬たじろぐ。  努めて平静を装い、もう1度尋ねた。 「なに?」  祐司は、バツが悪そうに目をそらしながら言った。 「放課後、話したい。ふたりで」 「……タコ公園で話そっか」  タコ公園。  小学生以来1回も発していないような単語がするっと出たあたり、やはり、祐司との思い出を忘れることはできていないのだと思う。  それに、心のどこかでは、できれば許してもらいたいと思っているのだろう。  待ち合わせは、一旦家に帰ってから公園で直接ということになった。  もちろん一緒に帰ることもできたけれど、用件がなんなのか分からないまま雑談をして下校なんて俺には無理だし、誰かに見られて要らぬ憶測も呼びたくなかった。  達紀には言っていない。  別にやましいことがあるわけじゃないけれど、あえて心配をかけるようなことを言う必要もないかと思ったからだ。  約束の16:30。毎日遊んでいた、タコ公園。  ベンチに座っていると、久々に見る私服姿の祐司が、片手を上げてやってきた。  目の前に立つ。俺は座ったまま見上げている。  数秒の沈黙の後、祐司が口を開いた。 「……仲直りしたいと思って呼んだ」  まあ、そりゃそうだ。  文句を言うためにわざわざ呼びつけるわけがない。  でも、許してもらえるなんて思ってもいなかったから、どうしていいか分からない。 「祐司はもう怒ってないの?」 「いや、なんか……そもそもオレが怒ってるのがおかしいよなって。碧、なんも悪いことしてない」 「勝手に写真撮ったよ」 「まあ、それはちょっとムカついたけど……別にオレだって、ノリで誰か撮ったりするし」  祐司は一旦言葉を切った後、小さくため息をついて言った。 「写真集めてたことを、キモいって反射的に思っちゃっただけで、それ自体は別に悪いことじゃなかった」 「いや、気持ち悪いでしょ。ストーカーみたいで。当たり前の反応だよ」  俺だって、祐司と同じ立場だったら、絶対気持ち悪いし。  しかし祐司は、ふるふると首を横に振る。 「自分が周りにどう見られるかも気になって。碧と同類って思われたら嫌だったから、違うって言うためにだけに、周りに聞こえるくらいめちゃくちゃ怒った」 「それも当たり前だと思う」 「でも、碧に恥ずかしい思いさせた。その後もずっと無視してて、授業でペア組むときとか絶対ひとりになってて、いじめやってるって自覚もしてたし」 「……いじめ? なんて、思ってないよ?」 「いや、無視はいじめだろ。3人で碧のこといじめてた」  その発想はなさすぎて、呆然としてしまった。  祐司は祐司で、ずっとそんな風に、後ろ暗い気持ちでいたなんて。 「……碧、軽音入ったじゃん。あれ、ホッとしてたんだ。本当は酷いことしてるって分かってたけど、『目立つ人たちと仲良くなったんだから、オレが友達辞めても平気』とか、自分を正当化してた」 「思ってたよ」  祐司はぱっと目を見開いた。 「軽音入ったから、祐司はいなくてもいいって思ってた。祐司は俺がいない方が良さそうだし、軽音入ったからもう祐司は要らないって」  ぼろ、ぼろ、と、泣きたくもないのに涙がこぼれてくる。 「ごめん。傷つけたな」  祐司がそっと俺の頭に手を伸ばしてきたので、手を払った。 「触んないで。俺、もう別の人のものだから」 「……誰かと付き合ってんの?」 「うん。だから祐司は好きじゃない」  涙も鼻水もぬぐわないまま、言った。 「好きじゃないから、もう絶対好きにならないから……友達になって欲しい」  みっともなくずびずびと鼻をすすると、祐司は苦笑いで言った。 「……オレは、お前のそういうとこに甘えてきたんだな。ごめん。仲直りしよう」 「ケースケたちは? 俺のことどう思ってるかな」 「きょう謝るっていうのはふたりには伝えてて、碧が許してくれたら、自分たちも謝るって言ってた」  そう、祐司はこうやって、くしゃっと笑う。  あの写真フォルダーを見られる10秒前の、何でもなかった頃に戻れた気がした。

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