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 家に帰ってきてすぐ、達紀にメッセージを書いた。 [祐司とふたりで会ってきた。仲直りした]  送信ボタンを押すのにも、手が震える。  達紀は絶対祐司のこと嫌いだし、ライバル意識もあるだろうし、思いっきり『あいつ』なんて呼んでいた。  また友達になって仲良くなるって言ったら、嫌な気持ちにさせてしまうのではないだろうか。  もちろん達紀は優しいから、そういうのは態度に出さないだろうけど。  ……出さないだろうから、心配になってしまう。  5分悩んで、送信した。  どのみち明日からは、教室で4人で過ごすことになるんだ。  何があったのかはいずれバレる。  ほどなくして、達紀から返事が来た。 [良かったね]  文字だけじゃ、何を思っているのかが分からない。  この『良かった』は、果たして達紀の本音なのだろうか。  喜んで言ったのか、寂しく思いながら言ったのか、はたまた、投げやりに―― [会いたい。いまから会いに行ってもいい?] [あおがいいなら。迎えに行こうか?]  王子さまは、そういうことをさらっと言う。  少し緊張しながら小宮家のインターホンを押すと、ラフなTシャツ短パン姿の達紀が出てきた。  部屋着って感じ。新鮮だ。 「いらっしゃい」  いつも通りにっこり微笑んでいるから、少なくとも、勝手にふたりで会ったことについては怒っていなさそう。  達紀に続いてトントンと階段を上がり、部屋に入ると、珍しいことに、ギターがベッドに無造作に置かれていた。  アンプに繋ぎっぱなしだし、さっきまで弾いていたのだろうか。  おずおずと座ると、達紀はひざ同士がくっつくくらいくっついて目の前に座った。 「前田くんと仲直りしたの?」 「うん。呼び出されて、ごめんって。あと、関わってない間、何考えてたかとか」  一拍おいて、ふはっと笑った。 「俺のこと無視してるの、3人でいじめてると思ってたんだって」 「うん。僕もそう思ってた。あおはいじめに遭ってるって」  びっくりしすぎて、「えっ!?」と大声を上げてしまった。  達紀まで……? 「いや、俺そんな意識全然なかったから、言われてびっくりしたんだけど」 「僕が前田くんを許せなかったのは、そこ。まあ、やきもちとか、あおと仲良かったのがうらやましいとかもあったけど……でも、高校生にもなって友達同士で結託して徹底無視なんて、酷いなって」 「……達紀は、俺と祐司が関わらなくなって、うれしかったんじゃないの?」  達紀は眉間にしわを寄せて、首をひねった。 「まあ、汚い心ではそういう部分もあるよ。前田くんがいなければ僕があおのこと独り占めできるって。でも、あおがクラスのグループ活動とかでたらい回しにされてるの見ると、『なんで助けないんだよ』って、すごい怒ってた」  たしかにいつも、そういうときは、特に仲良くもない余った数人で組むとか、誰かが気を遣って入れてくれるとかだった。  話が合わないところにひとりぽつんといて、気まずい思いはしていたのは事実。だけど。 「でもそれは自分の行いが悪かったせいだし、仕方なかったんだよ。いじめなんて、全然」 「無視はいじめ」  短く言い切った達紀は、神妙な顔つきで尋ねてきた。 「前田くん、どんな風に謝ってきたの?」 「えっと、写真集めてたのを気持ち悪いって思って、周りに同類と思われたくないから、聞こえるように大声で怒ったとか。恥ずかしい思いさせて傷つけたとか。あと……」  言っていいのか?  一瞬口をつぐんだけど、包み隠さず言うことにした。 「祐司、俺が軽音入って、ホッとしたって。目立つ人と仲良くなったし、自分は友達辞めても大丈夫だと思ってたって言ってた」 「バカだな、あいつ」  即座にばっさり斬った達紀に、驚いてしまう。  達紀は、だいぶ怒った感じで言った。 「僕はどう頑張っても、あいつ代わりになれないのに。僕がどれだけあおのことを大事にしても、付き合いの長さという点ではあいつには絶対に勝てなくて。何の努力もしなくてもそこで僕に永遠に勝ち続けるあいつを、ズルいって思ってた。……でも、その『軽音の人がいるから友達辞めても大丈夫』っていう言い分が本音なら、そこで苦しんでた僕は、完全にひとり相撲だったってことだよね」 「なんでそんな、泣きそうな顔するの?」 「ごめん、分かんない。動揺してる」  達紀はひざ立ちになって、俺をぎゅうっと抱きしめた。 「でもね、良かった。あおが前田くんたちと仲直りできて。これであおが辛い思いしなくて済む」 「達紀、怒ってるんじゃ……」 「それは僕の変な独占欲だから、あおは気にしなくていいの。仲直りできたのをうれしいと思ってるのは、本当だよ」  俺は、達紀の背中にしがみつくようにしながら、顔を見られないように言った。 「あのね、俺、付き合ってる人いるって言ったんだ」 「え?」  体を離してこちらの表情を見ようとする達紀に、全力でしがみつく――いま顔を見られるわけにはいかない。 「ごめんって謝られて、昔のノリみたいに頭なでられそうになったから、触んないでって言った。それで、『俺、別の人のものだから』って言った」  いよいよ引きはがして顔を見ようとしてくる達紀に、渾身の力でぎゅーっと抱きつく。 「もう祐司のこと好きじゃないから友達になろうって言って、仲直りした。だから、達紀のおかげなんだ。ていうのと……その……呼ばれたの、セックスしたあとで良かった。ちゃんと『自分は達紀のもの』って言い切」  ごろんと世界が反転した。  気づけば俺は仰向けに転がっていて、達紀が、泣きそうな顔で俺に覆いかぶさっている。  ややあって、押し倒されたのだと理解した。 「あおはたまに残酷だよ。そうやって可愛いこと言って、僕を夢中にさせる」 「……ダメだった?」 「ううん。その……」  ふいっとそっぽを向く。 「ただ、可愛いって思っただけ。ちゃんと最後までできたから、僕のものになったって思ってくれたの?」 「うん、そう。俺は達紀のものだから、不用意に他の人になでられたりしたくない。友達でも」  達紀はひじを床について、俺の顔のギリギリのところで止まった。  キスの寸止め、みたいな。 「……実は僕ね、さっきまで、ヤケになってギター弾いてたんだ。やきもちとか、でもあおの気持ちになったら自分もうれしいとか、でも独り占めできなくなっちゃうとか、また前田くんとたくさん遊ぶようになったら負けちゃうとか、ぐちゃぐちゃで。それで、ヤケ気味にギター弾いて、でも意味なくてベッドに放り投げて」 「え? 大丈夫なの?」 「布団の上にバフッとくらいじゃ、全然。他人の顔殴っちゃうのはどうかと思うけど」  最初に出会った日だ。  祐司のことで死にそうな気分でいたら、思いがけず横っ面を叩かれて……。 「あはは、懐かしい」 「あお」  やわらかく呼ばれて、そのままふにっとキスされた。 「約束する。ずっとあおのこと大事にするし、あおが僕のものって思ってくれてるなら、全力で守る」  手同士がちょこっと触れて――  指切りげんまんなんてしたのは、いつぶりだったろうか。 <6章 こゆび 終>

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