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7章 しるし
10月に入った。文化祭までジャスト3週間。
きょうは、スタジオ・ミストを2時間借りて、通しリハをしていた。
最後の曲を終えると、チャボが壁に向かって大きく手を振りながら言った。
「ありがとうございましたー! また来年ここで会おうねー!」
そんなところまで練習するのか……と思ったけど、表情を見るに、ただテンションが上がりすぎただけのような気もする。
達紀がスマホのストップウォッチを止めた。
「27分42秒。うん、完璧」
「チャボがMCでしゃべりすぎなければ、時間内におさまるだろうな。基也、頼むぞ」
しゃべりすぎ対策に、時間が押したら、基也がさりげなく小突くことになっている。
過去の映像を見せてもらったら、クリスマスライブの時に、サンタクロースがいるかどうかを力説し始めて、基也が思い切りひざ裏に蹴りを入れていた。
みんな楽器を置いて、部屋の真ん中に丸くなって座った。
達紀がカバンからルーズリーフを取り出す。
「部長から、Tシャツのデザイン出してって言われてるんだけど。どうしようか」
「自分たちで作るの?」
「業者さんにお願いして印刷してもらうんだ。なんとなくスケッチ程度に書いたら、かっこよくしてもらえる」
はい、と言って、達紀は基也にシャーペンを渡した。
基也はルーズリーフをたぐり寄せ、さっさとTシャツの形を描き始める。
「あんま凝らずに、ロゴばーんでいいと思う」
無表情のまま、さっさとペンを動かす。
極太のシンプルな文字で、右肩から左下に向かって斜めに『MAATM』。
チャボが首を突っ込む。
「背中に、なんか昇り竜みたいなの入れたい! 基也がやってるゲームにそういうモンスターいるじゃん」
「そちらの道の人みたいになる」
「えー、じゃあ……」
思案するチャボを無視して、基也は俺の姿をまじまじと見た。
「あお、ちょっと立って」
何で俺? と戸惑いつつ、言われたとおりに立ち上がる。
基也は、俺の胴体やらひざやらをキョロキョロ見ながら、絵に線を描き足していった。
「俺じゃなくて、チャボに合わせた方がいいんじゃないの? 前で歌う人が1番大事だし……」
俺はベースとドラムの間の陰あたりで、地味にバッキングを弾き続ける予定なのだ。
こちらにスポットライトが当たることはない。
……と思っていたのに。
「あおを可愛いジェンダーレス男子で売っていける、最高のデザインを探してる」
「は?」
声を上げたのは達紀だった。
思わず出たのだろう、慌てて咳払いをした。
すぐに立て直して、やんわりと尋ねる。
「ジェンダーレスって?」
「ほら、あおは男が恋愛対象だからって、色めがねで見てくるやつもいるでしょ? でも、バンド的にはチャンス。資源の有効活用。むさくるしいアーサーを中和するのにぴったりな、愛くるしい短パンジェンダーレス男子にすればいい」
達紀は話を聞きながらじわじわと目を開き、やがて、美しすぎる笑顔で首をかしげた。
「短パンはまずいんじゃないかな? ほら、ステージは高いから、下から見るとちょっと危ういかも知れないし」
「そここそ狙いどころでしょ。女子が最前に来たら盛り上がる」
「最前を盛り上げるのはチャボの仕事じゃない?」
「チャボのトークより、あおのひざこぞう」
恥ずかしすぎる会話が繰り広げられ、消えたくなってくる。
達紀の抗戦も虚しく、Tシャツのデザインは『あおがダボダボのオーバーサイズに短パンを合わせて可愛く見えるもの』というコンセプトで何案かが生み出されるに至った。
翌日の放課後、俺たちは部室に向かっていた。
視聴覚室での練習は週1、他バンドとはかぶらないので、実は部長に会うのは初めてだった。
口にピアスが空いていたり、髪色が緑でムキムキだったらどうしよう、などと思っていたけど……。
「えー! 藤下くんかわいー! もう、何で早く顔見せに来ないのよー」
俺を見てきゃぴきゃぴするのは、とんでもない美人だった。
艶やかな茶髪を背中くらいまで伸ばしていて、目の色素は薄く肌も透けるように白い。
口を開かずいすに座っていたら、人形かと間違えてしまいそうな出で立ちで、『帝翔の歌姫 』と呼ばれているらしい。
アーサーは適当に「すいません」とかなんとか言って無表情でかわしながら、基也が清書した最終案を渡した。
部長はふんふんと言いながら眺め、それをスマホで撮ってからクリアファイルに挟んだ。
「フライヤー、今年は、各バンドそれぞれ作ってもらうのとは別に、軽音部全体のも作ることにしたから」
俺は達紀にこそっと耳打ちする。
「フライヤーって?」
「宣伝チラシのことだよ。去年は各バンド、『文化祭の何時にやります』っていうのを独自に作って貼ってたんだけど、今年はそれとは別に、軽音部自体の宣伝チラシも作るってことみたい」
部長が、達紀に手招きをした。
達紀はすぐに駆け寄って、ふたりでスマホの画面を見ながら、あれこれ指差して話し合っている。
美男美女――としか形容のしようがない。
どう見てもお似合いだし、部長の距離がちょっと近いような気もする。
もちろん達紀が全く興味がないことは分かっているけれど、なんというか……狙われてるんじゃないかとか、そんなバカなことを考えそうになったり。
部長はスマホを片手に、俺たちを壁際に並べ始めた。
「じゃ、集合写真撮るから、ちょっと並んでみよっか。後ろがアーサーくんと基也くんと達紀ちゃんで……」
達紀、ちゃん?
違和感のある呼び方に引っかかるも、当の達紀は平然としている。
「で、ふたりは前で……チャボくん、藤下くんのこと愛でて」
「は!?」
大声を上げたのは達紀だった。
慌てて取り繕うように咳払いし、にっこりと微笑む。
「愛でるのは僕がやります。やっぱりフロントマンは前で堂々としているのがいいと思うので」
「えー? 藤下くんはマスコットにすべきだってー。チャボくんがいたずらしてる風の方が萌える」
「も、萌え……? いや、うちはそういうバンドじゃ……」
たじろぐ達紀に助け船を出すべく、俺は勇気を振り絞って言った。
「あ、あの……サイドギターなんで、そんな目立たなくても……」
「ああうん、そうだね。あおの言う通りだ。部長、やっぱり同じパート同士並んだ方がまとまりいいですし、あおは僕と隣の方がいいと思います。というか、2列にするのはやめて全員横並びにしましょう。ちょっと広いところでニコリともせずに気怠げに立って背景をぼかせば、アー写っぽいと思いませんか」
早口でまくしたてる達紀をぽかんと眺めた部長は、手で口を押さえてぷぷぷと笑ったあと、達紀の案を採用した。
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