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 翌日、昼休み。  俺は教室でひとり、真っ白な紙に向かってうんうんとうなっていた。  Tシャツのデザインが無事採用されたので、次はバンドの告知フライヤーのデザインにとりかからなければならない。  それで、きょうの放課後までにひとり1案考えてくるよう宿題になっているのだけど、笑えるくらい、全く思いつかないのだ。 「碧、何してんの?」  祐司がやってきて、俺の隣の席に座った。 「文化祭のチラシ考えてるんだけど……」 「お前そういうセンスゼロじゃん」 「知ってる」  こちらは業者に発注とかではなく、普通に手書きかパソコンで作ったものを印刷して、学校中にベタベタ貼るだけ。  だから気軽なものでいいと、達紀は言うのだけど……。  シャーペンの頭を額にぐりぐりと押しつけながら悩む。  祐司も一緒に考えてくれるらしい。  ふたりで紙を覗き込みながら、話し合う。  俺としては、達紀がかっこよくなって自分が目立たなければあとはどうでもいいんだけど……。 「あお」 「ひ!?」  顔を上げたら、教室の扉のところで、達紀が手を振っていた。  別にやましいことはない……はずなのに、祐司と仲良くやってるのを見られたのが、猛烈に気まずい。  達紀はパーフェクト笑顔でやってきた。 「ひとつ伝え忘れちゃって。右下に文化祭実行委員の承認印を押してもらわないといけないから、この辺を開けておいて欲しいんだ」 「あ、うん。分かった……」 「前田くんも手伝ってくれてるの? ありがとう」 「あっ……、全然」  祐司の反応は、陰キャが陽キャに話しかけられる瞬間のそれだった。  俺もこんな感じだったのかなと思うと、ちょっとおかしくなってくる。 「放課後はみんなで一緒に基也の家に行くから、また迎えに来るね」  達紀は祐司に余裕の笑みで会釈(えしゃく)したあと、満足げに笑って帰っていった。  なんだろう……迎えに来るとか王子さまみたいなこと言いつつ、対抗心がメラメラしている感じがした。  放課後、5人連れ立って、基也の家にやってきた。  基也がトントンと階段を上がっていくのに対して、アーサーは台所へ。  そして、勝手知ったる感じでお茶やらポテトチップスやらをお盆に乗せ、部屋に入ってきた。 「ほら、適当に食っていいからな」 「え、いいの?」  おそるおそる基也を見ると、基也は大きなiMacを起動しているところで、こちらをチラリとも見ずに言った。 「それアーサーのやつだから」 「……ほんとだ、名前書いてある」  マジックでデカデカと『まつむら』と書いてある。  ふたりは中学から一緒で、土日は常にどちらかの家にいると言っていたけど、もはやこれは付き合っているのでは? と思ってしまうレベルに慣れていた。  俺は達紀と、こんな風に所帯じみて過ごせる気がしない。  いや、まだ半年も経ってないし、初々しいのだと思っていればいいか。 「なーなー。おれ、自信作なんだけど」  チャボがガサガサと紙を取り出す。  張り切って10案ほど描いてきたようだったが、基也はちょこっと眉間にしわを寄せ、全てを却下した。 「悪趣味。何この七面鳥の生け捕りみたいなやつ」 「鳩に決まってんだろ! 平和の象徴!」  基也がとチャボがやり合っている間も、アーサーはせっせと部屋の片付けをしている。  俺はこっそり、達紀に尋ねた。 「……ねえ、アーサーと基也は付き合ってないんだよね?」 「うーん、そういう話は聞いたことないね」  ちょこまか動くアーサーを、ふたりでぼーっと眺める。  ややあって、達紀がふふっと笑った。 「あおも、僕の家にお菓子置いたりしてみたい?」 「えっ、いや……別にそういうのがうらやましいわけじゃないよ」  顔が赤くならないように気をつけて言った瞬間、基也が言った。 「あおのもなかなかだね、ボツ。アーサーは無難すぎてつまんない。達紀のでいいや」  画像編集ソフトを開き、誰の合意も得ずにさっさと作り始める。  みんなも特に異論はないようなので、いつもフライヤー作りはこんな感じなのかも知れない。  暇になったらしいアーサーは、基也のベースを借りて適当に弾き始めた。  チャボがそれに乗り、やはり即興で歌い始める――実にデタラメな歌詞だ。  俺はポテチをつまみながら、小声で達紀に尋ねた。 「あのさ。昼休みに教室で祐司と話してたの。あれ、やだった?」 「え? 全然、嫌じゃないけど。なんで?」 「あっ、いや。勘違いならいいんだけど。なんかちょっと怒ってたのかな、とか……」  達紀は苦笑いしたあと、ゆっくり首を横に振った。 「嫌じゃないし怒ってもいないけど、ちょっとヤキモチ妬いた。距離が近いんだもん」 「ごめんね、配慮がなくて」 「ううん。態度に出ちゃう自分が恥ずかしい。子供っぽいよね」  達紀は部屋を見回し、誰もこちらを見ていないことを確認して、耳打ちした。 「僕はあおのことが好きすぎるみたい」  今度こそ赤くなるのが抑えられなくて、体育座りで顔をうずめる。  基也が30分で作り上げたフライヤーは、スタジオ・ミストに貼ってあるものと遜色(そんしょく)ないくらい、プロみたいなかっこよさだった。  軽音部の共同メールにデータを送って、終了。  達紀が、部長からもらったスケジュール表を見ながら言った。 「Tシャツが届くのが月曜日で、放課後に校内放送で流す宣伝ムービーを撮影するって」 「えっ、ムービー……って、何かしゃべる?」 「ん? まあ、そうだね。しゃべらないと宣伝にならないから」  達紀はキョトンとするが、俺は死にそうに絶望する。  いまさら陽キャの洗礼なのだろうか、とか。  基也がうっすら笑って言った。 「あおは隅っこで可愛くもじもじしてればいいよ」 「もじもじ……?」 「達紀がうまくやってくれるから」  もわもわと想像する。  はしゃぐチャボと、それを押さえつけるアーサー、なめらかにカンペを読み上げる達紀、やる気なく棒立ちの基也と、……隅でもじもじしている俺。  リアルすぎて頭を抱えそうになった。  全校生徒に見られるのだと思うと死んでしまいそうだと思ったけど、でもまあ、どうせみんなが見ているのはイケメン4人だ。  俺は邪魔にならないように……。 「そうだな! あおちゃんはマスコットだから、隅っこにいればいいよ!」  チャボの笑顔がまぶしすぎて、絶望した。

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