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第一章 第14話

 駅前の繁華街で、話が他人に漏れないようにとの思惑から少し高級な居酒屋ながらも、そんなには客が入って来ない店にした。ここなら個室も有る。  医師は「高給取り」と世間は常識のように思っているが、それ程でもない。  特に大学の研修医となると、実状はそんな良いものではない。  実際、どこかの病院で夜勤をして家計の足しにして居る者も居るが、祐樹は研究や手術のために、これ以上仕事を増やすのは避けたかった。  お金儲けのためならば、借金してでも美容整形の医院を経営すれば…それこそ自家用飛行機が買える程の収入が得られると聞いたし、実際にそうやって羽振りの良い元同級生も居る。美容整形は保険が利かないし、価格は自分で決めることが出来る。しかし、そういう話には全く食指が動かない。  自分はこの程度の店で呑んでいるのが分相応だな…と思う。  ウイークディのせいか、不景気のせいか、予約なしでも個室に案内された。  酒には強い祐樹だが、柏木先生の話をしっかり聞くためにアルコール度数の低いビールにする。柏木もビールを注文して「お疲れ様」と乾杯した。  店員が注文を聞き、個室の障子を閉めると、気になっていたことを聞いた。 「山本先生が何か」  道すがらのコンビニで買って来た煙草の煙を吐き出した柏木が、少し忌忌しそうに言った。 「お前、医局長と山本先生辺りに香川先生の追い落としでも吹き込まれているんじゃないか」  返答の難しい質問だった。だが、仕方なくウソをついた。 「いえ、そういうわけではなく…。ただ我が医局がどうなるのかと…」 「医局よりな、山本先生の動きを心配しろ」 「それは…どういう?」  その時、店員が注文した料理を持って来た。さすがにこの話は出来ない。 「柏木先生は、香川先生とは…」 「ああ、あいつとは同期だ。結構親しかった。ゼミも同じ佐々木先生だったし。」  懐かしそうな顔をしていた。 「そうでしたか…では二人とも現役合格で医師国家試験も一回で合格と…」 「まぁな…」  意外なことに国公立の医師国家試験を一回でパスするパーセンテージは低い。国公立は臨床の授業――実際の医師がするようなことを重点的に行う――や解剖などで時間が取れず、ペーパーテストのみの国家試験の対策が後手後手に回ってしまう学生が多いのだ。私立では予備校並にペーパーテスト対策を重点的に行い、教授が「この学生は不合格だろう」と思った学生はワザと留年させ、国家試験を受けさせないという話は良く聞く。私立の場合は国家試験合格者のパーセンテージの高さが次年度の入学者数に比例するのでそういうこともあると聞いていた。 「香川先生は、どんな学生でしたか」 「優秀なヤツだったよ。取っ付きにくいところは有ったが、授業にも真面目に出て、アルバイトかな?とにかく群れえることはなく、成績も多分学年ではトップだっただろうな。しかも顔もイイし、すらっとした長身なんで同じ学部の女の子はもちろん、他の学部からも告白はたくさんあったようだが…」 『そんな印象的な人なんですか。具体的には?』  その言葉が喉に出かかったが、従業員が去り、本来の目的である山本先生のことを聞くことにした。 「山本先生の件ですが…」  「ここだけの話だが…」  そう言って慎重に話し出した。 「彼は目的のためなら手段を選ばない」 「それは何となく分かります」  胡散臭さは祐樹も感じて居た。 「今は、香川先生排斥を唱えているが、事、成らずとなると彼に尻尾を振るだろう。君は医局員達のプライベートなことまであの人が調べまわっているのを知っているか」 「本当ですか?」  誰だってプライベートな部分での隠し事はある筈だ。ことにゲイである自分は特に。 「あの人は、1人1人のプライバシーを探っている。オーソドックスなところでは、更衣室で電話している人間を見つけると、さも用有りげに絶対離れない。ウソだと思うなら、今度電話してやるから、自分の目で確かめたら良いだろう。 …そういえば、誰にも言っていない祐樹の母親の病気を確かに知っていた。更衣室でだったか、人目を忍んで屋上でだったか、確かに母親と携帯電話で話した覚えがある…  背筋が冷たくなるのを感じた。 「でも、先生は何故そんなことをご存知なのですか」

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