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第一章 第16話
幾らルックスが良いと評判であっても、この学部は他学部よりも二割り増し以上されるのが常だった。女子大生も学部で底上げをしているような気がした。
自分ですら、「極上のルックスの先生」と看護士や入院患者の女性に噂されているのは風の噂で耳に入る。
客観的に見て、中の上か上の下だと自覚している。大学病院の医師ということで彼女達は目潰しを食らっているに違いない。
ぼんやりとそんなことを思って柏木先生の手元を眺める。普段は電話機能くらいしか使ったことがないのだろう――それは自分も同じだが――
「おお、やっと出て来た!」
苦心惨憺していたのが分かる喜びの声だった。
「これが、大学生の時の香川先生だ。確か、5回生だったかな…」
画面を見て絶句した。昔の画像だけに粒子は粗いがそれでも顔ははっきり見えた。その顔が自分の好みだったからだ。
外科医は無骨な人間が多いが――祐樹は例外だった――祐樹以上に線が細い。
端整で細長の顔に少し内気そうな表情を湛えている。上品そうな顔立ちだった。眉毛は濃すぎもせず薄すぎもせず、ちょうど良いくらいで、形良く生えている。無造作な髪型から眉毛も整えていないな…と推察する。
目はこれもまた外科医を志す人間とは思えないほど臆病そうな感じだったが、切れ長の綺麗な形をしている。鼻梁も細くて形が良い。唇は、そこだけ持ち主の意志の強さを表すように薄くて引き締まっていた。画像だけでは分からないが髪の毛も柔らかそうだ。
見ていると、つくづく自分の好みだった。
今でもこの顔は変わっていないのだろうかと思う。
が、不思議な既知感も襲ってくる。どこかで見た顔だ…。そう思って考えてみるとキャンパスで顔を合わせていないわけがない。そのせいかと思うが…どうもはっきりしない。
今でもこの顔なら女性が放っては置かないだろう。齋藤医学部長が婿にと望んでいることから独身だとは思うがアメリカではそれこそ選り取りみどりだろうな…と思う。
彼が手術をしているところを見たかった。この画像を見るまでは羨望1嫉妬9の割合だったのだが、それに下心が加わった。
彼の――手術用の手袋やマスク越しでもいい――全身の姿が見たいと思った。
この画像では内気そうに笑っているが、今はどんな表情を浮かべているのだろうか。やはり世界中でこの人有りと認められている今だ、倣岸な雰囲気をまとっているのだろうか。
画面に見入っている時間が長かったらしい。柏木先生が声をかけてきた。
「見覚えはあるか」
「有るような、無いような。画像が古くて良く分かりません」
はぐらかして答える。
「そうか…」
携帯をしまう柏木先生に慌てて頼んだ。
「じっくり見れば思い出すかもしれないので私の携帯に送って下さい」
「…送り方が…分からない・・・」
祐樹は辛うじて知っていたので苦笑して自分の携帯に送った。
「有り難うございます」
祐樹としては香川先生の画像のお礼だったが、柏木先生は、今夜の忠告のお礼と受け取ったらしい。
「香川先生が教授になるのは99%決まっている。下手に動くと危ないぞ」
そう忠告してくれた。
そして彼がトイレに行くため席を立った時を見計らって勘定を済ませた。
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