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第一章 第17話
医局内は表面上でこそ仲良くしているが、皆出世が絡んでいるので水面下では足の引っ張り合いが多い。山本先生の行動が分かっただけでも今夜の収穫が有ったというものだ。
誰を味方に付けるか良く考えてみようと、医局内の誰彼の顔を思い浮かべる。
柏木先生は勘定を祐樹に払わせたことの礼を言って分かれた。
夜勤を免除されたことを良いことに自宅マンションに帰った。佐々木准教授から貰った香川先生の手術を録画したファイルは自宅のパソコンにも転送してある。それを良く観ようと思った。
パソコンを起動させる。パソコンだと画像が小さくなるのは仕方がない。
香川先生も手術着姿なので顔は良く見えない。マスクや術着などで顔つきや体つきが隠されてしまっている。おまけに手術用の手袋をしているので指も隠されてしまっている。
それでも、彼の細く長くてバランスも最高な指は充分窺えた。
手術中なので真剣な瞳をしている。先ほど柏木先生から見せて貰った内気な目つきではない。真剣で鋭い眼差しをしている。その眼差しに心拍数が上がる。
手術の様子はまさしく圧巻だった。細い指が魔法のように動き的確に処置をしていく。清流を流れる水のような鮮やか過ぎる手技が淀みなく続く。
自分ならこうするだろうな…と思う箇所でも違った術式で行われている。が、画像を止めて考えてみると、そちらの方が患者への負担は軽い。
「完敗だ…」
屈辱感に打ちのめされる。こちらは一介の研修医、向こうは各国のセレブ達が「是非とも」と執刀を熱望してくる人気心臓外科医…比べるなと理性では思うのだが、感情はそうそう割り切れない。
この神業の手術の腕前があるのだから、アメリカで大人しく人気心臓外科医をしている方が香川先生にはお似合いだと思うのだが…。
教授職は、学生や研修医に教える仕事でもある。いわば、プロ野球で言う監督のような仕事も要求される。香川先生の腕は良いが、現役天才野球選手のように自分の手術を完璧にこなすことしか考えてないように見える。天才プロ野球選手が監督として優れていた例は殆どないと時々見る週刊誌にも書いてあった。
やはり、自分の上司としてはやりにくい存在だと思った。
それならば、教授を辞退してもらうか――ただ、それは現状では殆ど不可能だと柏木先生も言っていた――日本の医局の煩わしさに嫌気が差してアメリカに戻ってもらうように自分が動くのが得策だと思った。
そんなことを考えていても、彼のしなやかな指の動きをツイ目で追ってしまう自分を自覚する。
――あの指で、自分の身体を触って欲しい…な――などと埒もないことを考える。
手術中に緊張してかく汗を看護師が拭う。その汗も一際、祐樹の目を奪う。
身長も、他のスタッフからすると低い。尤もアメリカ人ばかりなのだから、平均身長は高めのハズだ。すらりとした立ち姿が印象的だった。
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