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第一章 第22話

 翌日、睡眠不足を自覚しながら定時に起きる。朝の日常をこなしながら昨夜のことを考える。  アルコールはどちらかと言えば強い方だが、昨夜は山本センセの毒気に当てられそんなに呑めなかった。 山本センセは多分、金には困っていないのだろう。妻子は居ると聞いているが、彼が案内してくれた馴染みの店はことごとくバランタインの30年モノがキープされており、女性が居る店では女性の要求通りの酒を振舞っていた。 ――女性は殆どがドン・ペリニオン、しかもピンクをねだって居るのを見て、クラブの女性も山本センセをいいカモにしているな――と苦笑しそうになった。  給与はだいたい察しが付くので、実家の医院に形だけ所属してそちらからも報酬を貰っているか(本来は違法なので、慎重な山本センセはしない可能性は大きいが)実家から小遣いとしてかなりの額の仕送りでもあるのだろうか…などと考えてしまう。それとも妻の実家が裕福で妻は自分の身の回りのものや山本センセへの金銭的な支えになっているかだ。  自分とは大違いだ…と思う。幼い頃父が心臓病で亡くなり、心臓病を専門とする医者になる夢を抱いた。自分の悲しみを他の子供にも味合わせたくなかったからだ。  母はほぼ専業主婦だったので、余分なお金など家には無かった。亡くなった父の生命保険金を切り崩しての生活は先が見えていた。  それでも日本で有数の国公立大学の医学部に現役で合格出来たのは「一番お金が掛からずに高度な受験勉強をするにはどうすればよいか」と考えた末、通信添削の会社に申し込みをし、期日以前に解答を提出し、添削をしてもらうことを繰り返したからだと思う。  医学部に入って驚いたことは、その会社の通信添削に申し込んでおきながら答案を提出せず、予備校にも通い、その上家庭教師をつけてもらっていた同級生が圧倒的に多かったことだった。  母は田舎で祐樹の仕送りとパートで得た収入だけで慎ましく暮らしている。彼女は自分がゲイであることなど夢にも知らず、自慢の息子だと誇りに思っていることが少し心苦しかった。  大学に入ってからも心臓については特に念入りに勉強した。外科医になるか内科医になるか見極めるために。  そして心臓の場合は手術が一番有効なので心臓外科を志した。手術の実績は(と言ってもまだ研修医なので大規模な執刀が出来るわけではなく、教授の手術の補佐しか出来ない。補佐では学ぶことは多いが、麻酔の効きが悪い患者の場合、最悪の場合は患者が暴れないように足などを固定する「足持ち」に回されることもある)まだまだこれからだし、今は学ぶ時期だと割り切っているが、香川先生のことを考えると割り切れないものを感じる。二つしか年が変わらないのに、向こうは次期教授――多分、日本では最年少だろう――こちらは足持ち…。  その差は屈辱的なものが有る。  香川先生もかつての同級生のように恵まれた学習環境で育って来たに違いない。自分のような存在こそがこの学部では珍しいのだから。  雲の上の存在である香川先生…その秘密を(秘密を持っていない人間は殆ど居ないのことはよく分かっていた)暴いてみたいと思った。  誰かの思惑で動くのではなく、自分が香川先生の秘密を知りたいと思った。秘密を知ることは心理的優位に立てる。  香川先生お気に入りの内科医とはどういう関係なのだろうか。もしかすると愛人関係かも知れない。性別を聞いておかなかったことが悔やまれた。

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