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第三章 第13話 教授視点
だが、自分はアメリカの医師免許を取得していない。そんな人間にメスを握らせていいのだろうか?完全な法律違反だろう。
ケンの顔が目に入ったので、近寄って囁いた。
「医師免許を持っていない人間に縫合術とはいえ、任してしまってもいいのですか?」
「ああ、このチームは博士の発言が法律だ。何が起こっても博士が指名した人間が越権行為をしてもこのチームからは絶対漏れない。今日着任のお前が縫合術を任せられるのは俺が知っている限り初めてだが…日本の手技を見せてもらういいチャンスだ。」
その言葉に背中を押され、博士の手術に漏れがないか確かめて縫合にかかった。
必死で縫合をした。日本で培っていた手技を余すところなく発揮した。
「縫合、終りました」
「おお、素晴らしい。私のスタッフよりも縫合は丁寧でかつ所要時間が飛びぬけて早い」
博士が、目を丸くして賞賛する。スタッフも驚きを隠せないように聡を見た。
「さすがは『几帳面な』日本人だ。この手技だと縫合術からの化膿などのリスクは0%だ。
次の手術ではもう少し難度を必要とする縫合術も任せられそうだな…」
スタッフ達も博士の言葉を聞いて拍手を送ってくれた
この国は実力至上主義だ。
だが、この国の医師免許を持っていない人間に手術を任せる博士の度量に感心した。
「可及的速やかに医師免許を取りたまえ。助力は惜しまない」
「はい。手術をしながらバイバス術の執刀が出来るように医師免許を取得致します」
手術着は胸元が開いているので、そこから風が入ってくるが、LAは温暖な気候だ。
手術のヘルプと共に、医師免許を一刻も取得して執刀医になるように努力しようと決意した。
スタッフ控え室に戻ると、皆が賞賛の眼差しと共に、口々に聡に話しかけて来る。
「日本ではあんなに几帳面に縫合するのか?」
「ええ、だいたいは…しかし、私の場合、縫合も含めて手術の手際が良いと日本でも褒めて貰ってます」
「そうか、では、あの素晴らしい縫合術を見せてくれたサトシに敬意を表して呑みに行こう」
ケンが誘った。他の皆も頷いた。
人間関係を築くのは苦手だったが、底抜けに明るいこの国の人間は聡の躊躇いなど意に介さぬように誘ってくる。
自分は新入りだ。断るのも悪いと思って無理に笑顔を作って承諾した。
ケンに誘われ、博士のスタッフと共にクラブへと乗り込んだ。
アルコールは普通に飲める自分はクラブへ行き――クラブと行っても、貴賓室があり、そこは個室だった――
そこで乾杯を繰り返す。
気が向いた人間はフロアへ降りて行きダンスに興じる。皆開けっ広げで楽しそうだった。
自分は踊れないので貴賓室からフロアで踊っている人間を見ていた。
ケンはその様子を見ていた。
「君はゲイなのか?」
唐突な問いに驚いた。
「どうしてそう思うのですか?」
何故看過されたか不思議に思う。
「君の視線の先をずっと観察していた。初めは、スタッフのダンスを見ていただけだが…アルコールが入ると男性、それも東洋系の男性ばかりを見ていた。ノーマルな人間は綺麗な女性を見るものだが…君は違っていた。だから…」
ケンの鋭さに舌を巻く。それにケンの口調は「君の女性の好み、可愛いタイプが好き?それとも美人が好き?」と聞いているような感じで蔑視めいたニュアンスはなかった。
「そうです。多分男性に惹かれる性癖を持つと思います」
脳裏に田中祐樹の整った表情が浮かぶ。
「そうか…。もう皆はそれぞれ楽しんでいる。今日の主賓に相応しい場所に行こう」
笑みを浮かべて聡を誘う。
この話の流れではゲイ専門のクラブに連れて行かれそうだ。日本ではまだまだゲイに対する偏見は根強い。LAでは自分と同じ性癖を持つ人間がたくさんいるし、それを楽しんでいるという点に興味がわいた。
「ケンにお任せします」
そう言うと、ケンは微笑してすっかり出来上がっていたスタッフに耳打ちする。
「じゃあ、行こうか。もっとも俺はストレートだが」
それは何となく理解出来た。彼の顔に浮かんでいるので友情以外の何者でもないことは、いくら鈍いとはいえ自分にも分かる。
タクシーでケンと共に店を変えた。
そちらのクラブでは圧倒的に男性が多い。女性も居たが、女性は女性同士で固まっており、男性には見向きもしない。――男性に興味がないのだろう――
ケンと一緒に店に入ると、音楽が鳴り響いたフロアでは男性が聡を見詰めてくる。そのような視線で。だが、ケンが一緒なので話しかけるのは遠慮しているようだ。
その中で思わず目を奪われた東洋人…多分日系か、もしかしたら日本人が居た。
――似ている…田中祐樹に――
快活な態度、怜悧な眼差し全体的に少し生意気そうな感じのハンサムだった。
視線に気付いたのか彼は薄い唇に微笑を浮かべて聡を見た。眼差しに熱を感じた。
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