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第三章 第14話 教授視点
その男性を見詰めていると、カウンターで飲み物を二つ買ってから自分達の居る方へゆっくりと近付いて来る。
熱っぽい視線はずっと自分に注がれたままだった。よくこの喧騒の中で両手に飲み物を持って他の人にぶつかることもせずに歩いて来られるのだな…と感心した。
ケンももちろん気付いている。
「好みか?」
思いのほか真面目に聞いて来た。日本ではこうもオープンに聞けないことをさらっと聞いてくる辺りがLAの人間なのだろう。
「好みと言えば……好みです」
「じゃあ、お邪魔虫は退散しよう。また明日、病院で会おう。良い出会いであることを祈っているよ」
ウインクして店を出て行った。
「この店は初めてだろ?日系人かい?それとも中国人?」
田中祐樹に良く似た男性が飲み物を渡しながら聞いて来た。
「はい。この店は初めてです。日系人でも中国人でもなく日本人です」
「そうかい?生粋の日本人に会ったのは初めてだな…俺の名前は、テル・レッドヒル。君は?」
「サトシ・カガワです」
「じゃあ、出会いに乾杯」
クラブ独特の音楽と照明と煙草とアルコール臭が漂っている。皆、アルコールを楽しんでいる。ゲイだからといってこの店に集まる人間は日本人と違ってそんな性癖を持っていること自体に後ろめたさを持ってはいないようだった。明るい雰囲気に包まれている。
それらにつられてグラスのふちを当てて中身をあおった。今までも別のクラブで飲んで来たせいでそのお酒が何かも分からず、つい口に入った分だけ飲み干してしまった。
「良い呑みっぷりだな…」
口角を上げてテルが言った。
喉を焼くように嚥下したのはテキーラだった。普通はカクテルに使用する極めてアルコール度数の高い酒。
テルはちびちびと呑んでいる。
それを迂闊にも一気呑みに近い形で飲み干してしまった聡は頭の中にモヤがかかったようになっていた。
正常な思考が出来ない。
目の前に居るのは、田中祐樹ではなく別人だということも、曖昧になっていた。なまじ似ている部分があるだけに…。
年恰好も顔も体型も似ている。ただし、彼の特徴である笑ったら意外と愛嬌があるという点は異なっていたが。
この人は笑ってもクールな笑いだ。
「貴方は日系人ですか?」
「ああ、だが、生まれも育ちもアメリカだし、日本語は皆目分からないが…」
その言葉を最後に視界が定まらなくなり天井がぐるぐると揺れているのを感じた。
「大丈夫か?何なら送って行くが…」
「はい。お願いします」
ゲイバーで「送る」という意味が分からないほど子供ではない。酔って思考が散漫だったが。
自分は田中祐樹から逃げてアメリカに来た。もう一生会えないだろう…。
それ以上に彼とは話したことすらない、完璧な片思いだ。
忘れたいと思った。もし、他の男性とそういう関係になれば、その男性を好きになるかもしれない。
そんなことを考えていた。
何しろ、男女問わず、そんな関係になったことは皆無だったのだから。
深い関係を持ってしまえば、田中祐樹のことが忘れられるのかも…と酔った頭で考えていた。
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