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第三章 第15話 教授視点
いつの間にか眠っていたらしい。気が付けば見知らぬ場所のベッドの上に寝かされていた。酔いは相変わらずだったが。
「水でも飲むかい?」
「はい。お願いします」
喉が渇いていたのでそう答えた。良く冷えたミネラルウオーターのペットボトルが手渡された。
身を横たえたままでは飲めない。身を起こして自分や周囲の状況を確かめた。
照明は最小限度に絞られていたが、何とか状況の判断は出来た。
苦しくないようにか、ネクタイとベルトは外されていたが、それ以上の着衣の乱れはない。
ダブルのベッドも清潔なシーツと枕が二つ。ただ、ホテルやモーテルといった感じではなく、普通の家の寝室といった感じだった。天窓から月の光が差し込んでくるのが新鮮な感じだった。
身を起こして周囲を眺めているとボトルを取り上げられた。何をするのかをまだ曖昧な頭で観察していると、キャップを外して手渡してくれた。
一口飲んでみると、口に残っていたテキーラの苦味が薄らいでいく。その感触が心地よくて全部飲み干してしまった。
「もう一本飲む?」
低い声で男が囁く。身元などは全く分からないがこの部屋の落ち着いた感じからすると、中流以上の暮らし振りなのであることは察せられた。そして自分を寝室に招きいれたのだからある程度は自由なのだろう。
もしかするとセカンドハウスなのかもしれないが。
アルコール摂取後に水分を補給すれば酔いも早く収まるというのは常識だ。
「出来れば…」
そう言うと、空気が静かに動き、寝室から出て行ったのが分かる。
見知らぬ男性と、しかも寝室で二人きり…。その上出合ったのがゲイバーだったことを考えるとこれから何が起こるか馬鹿でも分かるシュチュエーションだ。
しかし、これまでの言動を見ている限り、男は紳士的に振舞ってくれている。自分が嫌悪する理由は…ない。
自分が無防備に眠ってしまっているウチにコトに及んでも「送って貰った」という点で、もう一線は越えている。「合意の上だ」と言われても仕方ないシュチュエーションなのに男――確か「テル」と言った――は目覚めるまで待っていてくれた。そこに自分への思いやりを感じた。扉が開き、ミネラルウオーターのボトルを持って来たテルに聞いてみた。
「どうして私を誘ったのですか」
「決まっている…サトシが好みだったからだ」
そう言うと、キャップを幾分乱暴に開け、中身をテルは自分の口の中に入れて首を持たれて口移しに水を嚥下させた。
自分を求めてくれる人がいる。それが外見だけでも…ただそれだけで何をされても良いような気がした。それまではそんな人間に出会えなかったので。
「いいかい?」
嚥下出来なかったミネラルウオーターが喉の辺りを滑っている。それを舌で辿りながらテルは低い声で言った。その感触にひくりと身体が震えたが…。
この期に及んで何を求められているか分からないほどウブではない…つもりだ。
頷いて、頭に手を回した。
上半身は着衣のままスラックスとその下に付けているもの…そして靴下を優しく脱がされていくと共に唇を塞がれた。
テルはいったん身体を離すと電気を消しに行った。
全ての準備が整うと、テルのモノが入ってこようとした。
「待って下さい。好きなようにしても構いませんが一つだけお願いが有ります。コンドームを付けて下さい」
「分かった」
ナイトテーブルを開ける音がする。自分の願いは叶えられたらしい。
しかし、そんな場所にそんなモノを挿入するのは初めてでその圧迫感に涙が零れる。
突かれても快感は一切無かった。また自分のモノは一切反応していないことも分かる。
テルは余裕がないのか、それとも自分の快楽だけを追っているのか手や唇を使わず身体だけを動かしている。
自分の体内に侵入して来ているものが田中祐樹のモノだったら…そうだったらどんなに幸せかと思っていた。きっと同じ扱いをされても自分は感じただろうに…と切れ切れにだが確信めいて思った。
何故だか涙がとめどなく溢れてきた。
自分が一方的に好きになり、何の意思表示もせずにアメリカまで逃げてきたのに…それでも、未練たらしくそう思ってしまうことは止められない。
相手の動きに合わせて汗と共に涙の雫が飛び散るの様子が月光に反射するのをぼんやり見ていた。
テルの動きに合わせて苦しくて喘ぎ声が漏れる。
聡は無意識に「祐樹」と発音していた。それだけが自分の痛みを軽減させてくれるかのように。
そう呼んでいることに気付くと「祐樹」と呪文のように繰り返す自分を自覚していた。
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