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第三章 第18話 教授視点
心地良い気分で目を覚ますと、寝てから一時間半ほどは経っていた。余程熟睡していたのか、それともケンと話せたことが良かったのか、頭痛は治っていた。
身体はまだ痛いところもあるが、痛み止めの御蔭でかなり緩和されている。
――これなら手術も大丈夫だろう――
何しろ、手術中は手術が続く限り立ち続けていなければならない。
その時、ケンと思しき足音が部屋の前で止まり、遠慮がちなノックの音がした。眠っているかもしれないという配慮だろう。
立ち上がって扉を開けると、興奮したケンの顔が有った。
が、何やら彼を興奮させていることについていきなり発言をすることなく、身体の調子を聞いてきた。
「頭痛の方は治りました。先生の二日酔いの特効薬、良く効きますね」
そうからかい混じりに言ってみると、腑に落ちない表情をする。
「濡れタオルと、それから窓から入ってくる芝生の風がとても気分を楽にしてくれました」
「そうか。今度、俺が二日酔いになった時、試してみよう………ところで身体は本当に大丈夫なのか?」
休んだおかげで節々の残る筋肉痛や彼を受け入れていたところ箇所に少しは痛みが残ってはいるが、業務に差し支えが出るとは思えなかった。
「大丈夫です。先ほどに比べると、体の方も楽になりました」
そう言うとケンの顔が喜びに輝いた。安堵したような顔だった。
「今日の手術、サトシの名前が第一助手として発表されていた」
意表を突いたという言葉では表現出来ないほどの驚愕に襲われた。
「…しかし、まだこの国の医師ではありませんし…」
ケンは力強く断言した。
「昨日の縫合術で皆がサトシの手技の確かさに畏敬の念を抱いている。あの几帳面な縫合術が出来る医師はアメリカ中探しても居ないだろう。博士も多分、第一助手として自分の手技の全てを間近で見て欲しくなったのだろうと思う。付け加えておくと、昨日の手術に立ち会ったのは『この』名門病院の選りすぐりの医師だ。それが全員、サトシの第一助手指名に賛成こそあれ、反対はゼロだ」
第一助手…それは日本の大学では外科の場合、講師以上が務める。場合によっては准教授も…。
それが、アメリカでは違うらしい。何事も実力主義のお国柄だろうか。
第一助手の一番の務めは、執刀医の術野に入らないように苦心して執刀医の手術を手助けする役目だ。
――博士は、自分の手技や技術を近い場所で学ばせてくださるチャンスを与えられたのでは?――
そう思う。
日本の大学病院の外科手術は9時からと13時からが多い。
今、時計を見ると11時だった。
「手術は何時ですか?」
「17時からだ…」
意外な返事に呆気に取られる。
「そんな時間に緊急でもない手術をするのですか?」
「ああ、我々内科医が手術に万全な内科的処方と患者の体力を見極める。今回の患者は夜が一番心臓の状態が落ち着いているので、夕方になった。患者の体力を最優先するからこその時間だ」
そう言い切るケンの口調は、「あくまでも患者のため」の医療しか考えていないのが分かって、日本の医師の「自分の都合に合わせる」という考え方を真っ向から否定している。
が、それが患者のためになることは言うまでもない。
アメリカと日本の差を思い知らされた。
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