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第三章 第23話 教授視点
――今日の手術はこれだけだ――
そう思うと昨日と今日の疲れが一度に来た。手術中は忘れていたが、身体の痛みもぶり返したようだ。頭痛もしてきた。まだ自分は正式な医師ではないので、医師控え室には行かず、コ・メディカルの控え室でのろのろと着替えをした。
「サトシ、呑みに行かないか」
私服に着替えたケンがそう声をかけに来た。全くこの国の人間は――個人差もあるだろうが――オンとオフの切り替えが早い。
「気分が悪いので、今日は…」
「どれ?」
顔を覗き込んだケンは真剣な顔をした。
「顔色が悪いな。頭痛は?」
「あります」
「ちょっと失礼。熱はないようだな。今度は本当に良く効く頭痛薬と念のために鎮静剤を処方する。ちょっと待っていてくれ。ここでは休めないだろうから俺の部屋で待ってろ。入院患者に対応した薬剤師のメアリーから薬を貰ってくる。鎮静剤、サトシには必要かどうか分からないが…」
「どうしてです?初めての本格的な手術に足が震えるほど緊張しましたよ?」
「そうなのか?」
部屋に入って来て、初めてケンが大きな声を出した。本当に驚いているらしい。
「ええ。助手は所詮助手です。博士のようにメスを握ることも圧倒的に少ない。博士のように出来るかどうかとても不安でしたよ。脈拍も上がっていたはずです」
「そうなのか?後ろから見ていただけだが、まぁ、モニターがあるからな。サトシの顔も見ていた。冷静沈着に対処しているようにしか見えなかった。いつもあんな顔なのか?」
好奇心を抑え切れないように聞いてくる。
「そうみたいです」
納得したのかどうかは分からなかったが、顔つきを変えるとケンは言った。
「では、薬を貰って来る間、俺の部屋で休んでいればいい」
そういえば、聡は緊張すればするほど顔が能面のようになる…と日本の大学時代の友人、柏木も言っていたな・・・と懐かしく思い出す。
が、未だ緊張していることは確かだ。ケンの処方してくれる薬でゆっくり休みたい。
折角の厚意に言葉に甘えようと思って、ケンの部屋に行った。静寂に包まれると安心出来る。
もう随分と日にちが経ったように思えるソファーに座った。実際、そこで休んでいたのは今朝方のことなのに。こめかみが血管に共鳴するようにずきずきと痛んだ。ケンを待つ間、田中祐樹の太陽のような笑顔を思い出して我慢していた。
こんなに離れていても思い出すのは彼の顔ばかりだった。初体験もしてみたが、どうやら徒労だったらしい。身体を重ねたからと言って、それがそんなに悪い経験でもなかったからと言って、それでも初めて惹かれた人間を忘れることは出来ないのだと思い知った。
しかし、もう田中祐樹とは――自分が望んでのこととはいえ――もう一生逢えないかも知れない相手だ。その上彼は自分の存在すら知らない。そんな人間に想いを寄せるのは間違っている…そう思っても理性と感情は別だった。極度の緊張が解けたからなのか、理性ではなく感情が噴出する。
物陰からでもいいので逢いたいな…と夢想する。
あの屈託のない笑顔をもう一回だけでも見たいと思った。それにゲイバー「グレイス」で見たあの美人…男性だが…のように、自分の好みの男性を口説ければどんなに良いかと思う。自分にはきっと…無理だ。何の取り得もなければ、告白するだけの勇気もない。
考えていると際限なく落ち込みそうだ。
頭痛も酷くなってきた。
今日の手術の感じをイメージトレーニングしようとした。田中祐樹のことは、忘れなければ一歩も恋愛面で前に進めないのも重々承知していた。が、どうやって進むことが出来るのかが分からない。
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