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第四章 第23話 教授視点

「レミーのXOを。それとチーズとキャビアを」  そうウエイターに命じ、聡をテーブルに案内する。奥のテーブルだった。  注文した品を持って来たウエイターに「こちらから呼ぶまで近寄るな」と命令している。  琥珀色の液体を喉に流し込むと喉が焼けそうだったが、却ってそれが心地よかった。 「ご帰国は存じておりました。凱旋帰国おめでとうございます」 「有り難うございます。しかし凱旋しても良いことは有りませんね」  オーナーの容貌が変わってなかったのでツイ昔に戻った気分になる。 「初めてこのお店に招待された時、知った顔に出くわして驚愕しましたよ」 「ああ、田中先生ですか。あの方は時々お見えです」  この道にかけてはベテランの彼だ。多分自分の感情などお見通しだろうと思った。 「その時、一緒に居た綺麗な方はまだこちらに通ってらっしゃるのですか?」 ――はい。と言う返事を聞いたら直ぐに帰ろう―― 「いいえ、あの方は当店向きの方ではないので丁重に御断りしています」 「『当店向き』とは?」  アルコールのモヤがかかった頭の一部が冴えた。 「当店ではお客様がお店にいらっしゃる間は口説きを禁止させて戴いております。つまり当店以外の場所で、お客様同士がそういう関係になるのはご自由なのですが、当店にいらっしゃる間は連絡先などの交換は禁止というわけです…あの方は毎回破られるので」  小声で話してくれた。これも医学生だった頃、入院中の彼を丁重に扱ったことの恩返しなのか?と思った。客商売では客のことは悪く言わないのが常識ではないだろうか?  が、毎回破るということは、田中祐樹が長く付き合った相手ではなさそうだ。自分と違って恋愛のインターバルが短いのか?と安堵の感情と共に思った。  意外なことを聞かされて、ツイ酒量を過ごしてしまう。 「大丈夫ですか?」  上村に聞かれた。その時ウエイターが戦々恐々といった感じで近寄って来て、上村に耳打ちをした。その話を聞いて眉間にシワを寄せた上村は済まなそうな顔をして聡に言った。 「野暮用が出来ました。お1人で大丈夫ですか?」 「大丈夫です。酔ってませんから」  心配そうに席から離れる上村に頭を下げた。上村はウエイターに大声で言う。周辺のお客にも聞こえるように…だろうか? 「この方は私の大事なお客様です。くれぐれも失礼や手違いなどが無いように」  上村が店から出て行くと遠巻きにしていた男達が寄って来た。 「一緒に呑みましょう。初めてですよね、このお店は」  そう言いながらグラスに酒を満たす。 『初めてですよね?』と聞いてくるからには常連だろう。  気になるのでついつい祐樹のことを聞いてしまう。 「田中祐樹に紹介されました。良いお店だと。彼、現在付き合っている人は居ないのですか?」 「ああ、田中君ね、居ないと思うけどどうして?」  説明しても良かったがその言葉を聞いて酔いが急に回ったようだ。どうでも良くなった。  微笑んで誤魔化した。するとナゼか男達が距離を詰めたのが分かった。 「田中君と友達ですか?」  てんでに自己紹介をされて酔いの回った頭では覚えきれない。その中の1人が聞いてくる。 「ええ、同僚です」 「すると、会社にお勤めってことか…。田中君と付き合っているとか?」  どうやら祐樹は会社員と名乗っているらしい。調子を合わせるしかないだろうと思った。 「付き合っては…いません…よ」  そうなればどんなに良いかと思いつつ苦い薬を飲むような気持ちで本当のことを言う。 「他に恋人は?」  男の1人が言った。 「居ません。残念ながら」  複数人から不可解にもざわめきがもれた。 「俺、立候補!」「馬鹿、俺が先!」  冗談を言われ、どんどんグラスに酒を満たされた。皆がハイテンションだった。  馬鹿騒ぎをしていると――酒に逃避する積りはなかったが――祐樹が自分追い落としのために動いていたという疑惑も、手術スタッフの手際の悪さも忘れられた。  新しく店に入って来た男がこちらを驚いたようにマジマジと見ていた。高級そうなスーツを着て大きな書類鞄を持った中年男性だった。といっても視線には色めいた感じはなかったが…。アルコールのせいで緩慢になった頭脳ではその男性への詮索もウヤムヤになってしまう。  トイレに行って腕時計を見ると驚くほど時間が経過していた。アルコールには強い方なのでこの程度の飲み方ならば明日の手術には差し支えはないと判断した。が、これ以上は自信がない。帰ろうと思った。充分気晴らしは出来たことだし…。 「帰ります」  そう告げると、テーブルに居た皆は残念そうだった。不満そうな声も上がったが引き止めない。そういうルールなのだろう。 「明日も来てくれると嬉しいな」  1人が言うと皆が頷く。気の効いた会話をした覚えもなかった。多分社交辞令だろう。 「仕事が忙しくなければ…」  ウエイターを呼び、勘定を頼むと「『次回からで結構です』とのオーナーからの伝言です」とのことだった。

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