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第八章 第6話

 携帯電話で教授会の様子を聞くとなると、とても平静では居られないだろう。特に教授の「吊るし上げ」が目的なのだから…。  鈴木さんの容態を診た後に、半日休暇を申し出た。  最近は、教授の看病で病院の仕事をこなしていないので、許可が出るかと危ぶんだが…。  それ以前の救急救命室での勤務超過が幸いしたのか、簡単に許可が出た。  阿部師長と良く来た喫茶店でコーヒーを頼み「今頃、始まっている時間だろうな…」と腕時計で確認する。  スグに教授からの携帯電話呼び出し音が聞こえるかと思って待っていたが、一向に着信音は鳴らない。煙草をイライラと吸って、コーヒーの追加オーダーをする。 ――何故、スグに鳴らない?――  そう思ったが、教授会の議題は香川教授の件だけではないだろうと推察した。教授も自分のコトに言及されるまでは祐樹の携帯には連絡しないと思っているのかもしれない。  煙草を5本吸い終わった時に、テーブルの上に置いてあった携帯が振動した。番号を見ると教授からだった。  大きく息を吸って通話ボタンを押す。ただし、声は出さない。 『香川教授の手術に疑問点があり、中立な立場で桜木医師に手術のチェックとこの会での発言をお願いしたが、生憎、桜木医師は手術が入っているため欠席すると言うことだった』  発言の趣旨からすると発言しているのは今居教授だろう。よくもまぁ、ぬけぬけとこんな嘘を吐けるものだと、嫌悪を通り越して感心してしまう。 『で、桜木君は教授の手術は見学したのだろう?その感想は?』  君付けするのなら、桜木医師の上司の悪性新生物――癌――専門の教授に違いない。「君」付けで呼ぶところに権威主義者だろうなと思う。 『自分ならもっと上手く出来る…とのことでした』  嘘をつけ!と思った。桜木医師は絶賛していたではないか? 『それをどうしてこの会で発言しないのかね?』  これは北教授の声だった。彼は今こそ臨床からは外れているが、かつては優秀な臨床の外科医だと聞いている。その上、香川教授の腕を買っている。 『それが、桜木医師らしい話でして…自分のオペを優先したいとのことでした』 『ほほう、まぁ、それも桜木先生の言いそうなことでは有るが、にわかには信じがたいな』  皮肉っぽく北教授が言った。数秒の沈黙。 『香川教授の医局員からクレームが出ています。手術スタッフを序列関係なしに決めるので迷惑している…と。香川教授の弁明をお聞きしたい』 「外科関係の教授ならばご理解戴けると思いますが、肩書きと手技の上手い下手は別でしょう…。先ほど、今居教授は桜木医師に手術を見学させたように…彼は一介の医師ですが、手術の腕前は教授をしのぐ…そう思われたからこそ、外科の教授よりも桜木医師に私の手術のお目付け役を頼んだのではありませんか?私の医局でも同じです。肩書きよりも手技の上手な者に手術スタッフとして入って貰っています。手術スタッフの選定は教授権限ですので、問題はないと思われますが」  香川教授の涼しげな反論があった。彼は微塵も動じていないのは電話越しにも伝わってくる。  今居教授(だろう)は咳払いをしてから言葉を紡ぐ。 『では、手技についてお尋ねします。私も独自に教授の手術のビデオを拝見しました。  教授は手術の腕前を買われて教授として招聘された。間違いはありませんね?』  粘っこい言い方に何か仕掛けてくるな・・・と祐樹は思った。 「ええ、間違いはありません」 『では、その前提でお話しさせて戴きます。手術の画像を拝見して目を疑いましたよ。電子メスは取り落とす。その他、第一助手などの声掛けがなければ、もっと手術ミスが頻発してもおかしくない状況になっている。ただし、体調がお悪いと仄聞してはおりましたが、手術を受ける患者さんにとっては、術者の体調など関係ないと…自分の心臓を預ける医師が、初歩的なメスの取り落としなどをされては…たまったものではないと拝察しますが…。  手技においても香川教授は本当に教授の地位に居る資格があるのかと危惧せざるを得ないと外科が専門外とはいえそう思うのですが…』 「では、今居教授は、私の手技が佐々木前教授よりも劣っているというお考えなのですか?」  彼が怒っていないのは淡々とした口調からも分かった。そういえば、「祐樹は心配しなくていい」と言われていたな…と思い出す。が、本当に大丈夫なのか?自分ならばもっと怒りに満ちた発言をするだろう。 『馬鹿な…香川教授の手術を拝見した外科医の私が断言する。香川教授の手術は完璧だ。あいにく佐々木前教授の手術は拝見したことはないが・・・』  北教授が憤然と言った。 『佐々木前教授の手術を見たことがない北教授の言い分は、説得力に欠けますね…』  今居教授がねっとりとした発言をする。  今居教授も齋藤医学部長と医学部長の地位を争っただけのことはあり、教授の中にも賛同者はいるのだろう。 『内科の医師を大学内の序列を無視して連れ帰って来た件は許しがたい。ご自分の手技の未熟さを内科の医師にフォローしてもらう積りだったのでは?』 『経験不足の研修医や、自分の同期の医師を助手に任命したのは、ご自分の手技の拙さを見破られないように企んだのでは?』  などと、ひとしきり発言が飛ぶ。 「北教授、外科医として手術する際に一番迷惑な行為は何だと思われますか?」  凛とした香川教授の声が受話器越しから聞こえてきた。怒りに燃えていた祐樹が我に返る。 『信頼出来る手術スタッフが居ないことだ』 「その中には医師以外も含まれますか?」 『もちろんだ。医師やナース、手術室付きの技師など全て含まれる』 「ご意見、有り難うございます。では、私の手技が佐々木前教授に決して引けは取っていないという証拠をお見せします」  その一言で会議室は静寂に包まれた。祐樹も、息を殺して教授の発言を待つ。

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