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第九章 第11話
跪いたまま上を向き、祐樹の顔を見ている彼の顔は祐樹の快楽中枢を強く刺激する。両手で彼の明晰な頭脳が納まっているのが信じられない小さめの頭をゆっくりと、しかし有無を言わせないほどの強さでさらに良く見えるように誘導する。
普段は薄い桜色の唇は先ほど祐樹を愛撫したことによって紅色に染まっている。その最中は息を我慢していたのだろう、彼が大きく息をするたびに最中に飲み下すことが出来なかった彼の唾液と共に祐樹の白い液体が唇から顎にかけて流れている。瞳は潤んでいる。滑らかな頬も紅く染まっていた。
荒い呼気が一段落すると、彼は心配そうに聞いて来た。口を開けると白濁がよりいっそう流れる。
「満足・・・してくれた・・・か?」
「ええ、とても。あんなに早く達したのは初めてです。初めてセックスした時ももう少し保ったと思います」
そうきっぱりと断言すると彼は満足そうに微笑んだ。紅色の唇を白濁で汚したままの淫ら極まりない顔だったが。それでも彼は綻んだばかりの薄い紅色の薔薇のような瑞々しく清楚な印象の笑みだった。
最初のそういう行為で咽喉まで挿れることが出来た彼の身体にますます興味がわいた。
初めてを装っているのかとも思ったが、彼の舌技は確かに拙かったし、我を忘れて奉仕している感じでもなかった。祐樹の顔を確認しながら一生懸命感じさせようとしていた。何より口の中の性感帯、例えば上顎などを祐樹自身で擦っても感じているふうには見えなかった。
「口の中、気持ち悪いでしょう?そちらの口はご自分で洗われたほうが・・・」
もっとこの淫らで清楚な顔を見ていたかったが、彼の負担も考慮すべきだと理性が告げる、残念そうに。
頷いて彼はバスルームに入る。それを無意識に目で追った。多分、名残惜しげな顔をしているだろうな・・・と自覚していた。
彼がバスルームに入ってしばらく経つが出て来ない。まさか、中で倒れているのでは?と、祐樹もキチンと服装を直すと――彼の口の中に入っていた自分自身を洗い流すことは出来そうにない――バスルームの扉の前に立ち様子を窺う。中では水を流す音と共に教授が動いている気配があったので、安心してデスクの椅子に座った。机の上には灰皿が有ったので煙草に火を点けた。性欲が満たされると何故か煙草が吸いたくなった。その時に携帯電話の着信音がした。無粋な話だが、携帯の電源を切っておくことは出来ない、職業上。
表示を見ると、香川教授と同学年だった柏木先生からだったので通話ボタンを押した。
「休みのところ済まない・・・実は教授の携帯の番号を知らないので・・・もしかしたら知っているかと思って掛けてみた。教授に相談したい急変した患者さんが居て…」
どうやら柏木先生は泊り込んで勤務しているらしい。
「え?ご存知ないのですか?しかし、救急連絡網が大学にあるハズですが…?」
「それが、教授は自宅の番号しか記されてない…自宅は留守電になっているのでどこかに出掛けていらっしゃると思うのだが…」
「携帯の番号は前もって教授に教えて貰わなかったのですか?」
「勿論伺ったさ、ただ『病院に居ない時は殆どが自宅だから教える必要がない』と突っぱねられたんだ」
まさか、一緒に居るとは言えるわけがない。が、急変した患者さんの件ならすぐにでも教授の意見を仰がなければならない。ウソも方便だ…と、開き直って答えた。
「研修医の私が知るハズはないです…ただ、長岡先生の携帯番号なら知っていますから…彼女に連絡を取って教授の携帯番号を聞くか、電話するように伝言を頼みます」
「休みのところを済まないが、そうしてくれ。可及的速やかに教授に相談したい」
「分かりました。スグに長岡先生に連絡を取ります」
柏木先生は慌しげに電話を切った。もちろん、長岡先生が今日は休みなのを知っていての方便だった。大体、長岡先生の携帯番号など教えてもらえるような間柄ではない。教授をすぐに呼んでも良かったが、長岡先生経由…と言った以上は少し時間が開くのが自然だ。教授がバスルームから出てきてからの方が良い。
しかし、学生時代からの知り合いで、今や教授の手術の腹心になっている柏木先生にすら携帯電話の番号を教えていなかったのは不自然だった。祐樹の時は教授が進んで教えてくれたというのに…。ますます謎が深まる。
煙草を三本吸い終わると教授が出て来たので、柏木先生からの電話と祐樹の言い訳をそのまま伝えた。彼は、茶色に上品に光る机の祐樹が座っている方に回って立ったまま電話に手を伸ばした。慌てて立ち上がり、椅子を譲った。彼は祐樹に少し頭を下げてから椅子に座り、暗記しているらしい番号に電話をかけている。柏木先生にテキパキと指示を与えている。
「実は、この番号のホテルに居る。もし、その処方が効かなかったら、この部屋に繋ぐようにと依頼して欲しい」
そう言って受話器を静かに置いた。――どうして柏木先生に携帯の番号を教えなかったのか――と聞きたかったが、すぐ傍にいる彼の前髪が、濡れていることに気付いた。
確かめようとした拍子に彼の滑らかな頬に偶然手が当たる。とても冷たい感触に驚いた。
「顔も洗ったのですか?それも冷水で?」
「ああ」
「どうして?」
口腔を洗浄するのは当たり前だが、顔を前髪が濡れるほど冷水で洗う理由が分からない。
彼はしばらく黙った後に、ゆっくりと言う。
「何となく洗いたかっただけだ…。理由はない」
「そうですか…」
彼が早口で言う時は本当のことを言っている時で、ゆっくり話す時は心に何かを秘めている時だと最近分かってきた。椅子に座っている彼の頭が祐樹のウエストの辺りにこつんと触れた。そのまま頭を祐樹の身体に預けてくる。
「疲れたでしょう?ちゃんと起こしますから…昼御飯の時間までは、ベッドで休んで下さい」
「……祐樹が隣に居てくれれば、そうする」
「分かりました。ベッドは行為の時に使っていないほうがあるので、そちらで…」
ホテル備え付けの浴衣を出して彼に着せ掛けた。祐樹だけが許されている鎖骨や胸の尖りが目に入ったが。心を鬼にしてそれらを触れないように彼に着替えさせると、祐樹も同じ姿になりベッドに誘う。彼の後頭部に腕を回して腕枕をすると、祐樹の胸に顔をうずめるようにしてすとんと眠りに落ちる。右手で祐樹の浴衣の袖を握っている。かなり疲れているようだった。無理もないが…。
眠っている彼の顔は何度も見てきたが、やはり今日の彼の顔は蕾が一斉に花開いたかのような、どこか違った雰囲気を纏っているのをずっと眺めていた。
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