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第九章 第17話
暗闇の中、彼が密着してくれるのはとても嬉しい。こうして顔が見えないシュチュエーションで話せるのも。
上半身は密着させ、下半身は敢えて引いた。このままだと節操のない――今のところそういう衝動を駆られるのは教授だけだが――下半身が臨戦態勢に入りそうだった。一回そうなってしまえば、鎮めるのは本当に辛い。しかも、そうさせた人間が同じベッドに居るので尚更だ。
その動作を不自然に感じたのだろう、不安そうな小さな声で呼びかけられた。
「祐樹?何か不満でも?」
下半身を離したくらいで「不満」も何もないと思うし、同じ男ならどういう状況か分かってくれているハズなのに…この人はとことん初心なのだと思う。過去の男性は一体どういった接し方をしていたのだろうか?
「不満じゃ…ないです。これ以上密着していると、コレが…ね。週末は随分無茶をさせてしまいましたから」
彼の右手を導いてソノ場所を一瞬だけ触らせる。それで全てが分かったのだろう…。彼も心持ち腰を引いた。
「明日が仕事でなければ…良かったのに…」
残念そうな言葉にツイ悪戯心が持ち上がる。正確には悪戯心プラス彼の反応に対する好奇心と彼の過去を知りたいという切実な気持ちが。
「変なことをお聞きしてしまいますが…あ、別に答えたくなければ答えなくていいですから…。ホテルでも言いましたが、貴方の中は極上品ですね…そう言われたコトはありますか?」
暗闇ということで露骨なことも言えるし、聞ける。彼もきっと同じだろう。しかも今、祐樹の寝室の雰囲気は何だかしっとりとしていて、じっくりしみじみとした話が出来そうだった。
「…いや、そんなことを言ってくれたのは祐樹だけだな」
「お相手は、向こうが初めてってワケではないでしょう?」
しばらくの間、沈黙が支配する。といっても嫌な感じがする沈黙ではなかった。
「……はっきり聞いたことはないが…初めてではないようだったけれども……」
祐樹自身は教授の内部は今思い返しただけで、即座にコトに及びそうなほどのインパクトだった。締め付けるのではなく、包み込むような密着度が高い内部だったのだが。ただ、キツイほど締め付ける方が好きな男性なら違った感想を抱くのかも知れない。人の好みはそれぞれなのだから…。
「そうですか…しかし、私が体験した中では聡が一番感じましたよ。こんな素晴らしい内部があるとは思っていなかったです」
「そうか?それは嬉しい…」
「それに口でして戴いた時は大変驚きました。初めてだったのでしょう?それなのに、咽喉の奥まで挿れることが出来るなんて…」
彼の潜めた声に艶めいた響きが混ざる。
「あれは…祐樹が『内視鏡を飲み込むようにすればいい』と教えてくれたから…その通りにやってみただけだ」
「それだけのアドバイスで出来る人ってのもそうは居ないものなんです」
彼の頭脳を始め運動神経や反射神経がずば抜けていることは知っているので、そういう人は性技も上手いのか?と思ってしまう。祐樹の過去の人間にはそういう人が居なかったので。
「そうなのか?一回聞いたら何となく出来たのだが」
「あれはとても感じました。また、して下さればとても嬉しいです」
そう言って少し細い髪の毛を梳いた。
「ああ、祐樹が望むのなら何度でも…」
「ええ、是非。次回は私にもさせて下さいね」
髪の毛を触られて気持ちが良いのか幾分うっとりとした口調が返ってきた。
「ああ。この部屋で出来ないのが残念だ」
以前、この部屋は壁が薄いので…と言った祐樹の言葉を覚えていたらしい。
「ただ、貴方のアノ時の声は、とても細くて小さいのですよ。一回目より二回目の方がより一層…。声だけだと隣室に何をしているかは漏れないと思いますが…でも、嫌ですよね?それと『辛そうな声が良い』と過去に言われたことは有りませんか?アダルトDVDのようなあんな派手な嬌声は出してないのですが…。」
「壁が薄いのは…正直…恥ずかしい…。祐樹がどうしても…と言うならするが…。それに声に関しては自分でも良く覚えていない…」
嬉しいお誘いだったが、明日に差し障りがあるので――彼にそうされると最後まで行為を続行してしまいたくなるのは確実だ――欲望を辛うじて理性でねじ伏せる。
「そういえば、口でして下さった時に廊下で声がしたら、気になさってましたよね?その前の行為の時は没頭されていたような…」
「……ああ、他人の存在があると祐樹に集中出来ない…羞恥心が勝る……から。…・・・理性が少しだけ戻って来る」
「聡はとても覚えが良い身体をしていますね。それに一回したことは多分理性が有る時は身体も覚えてくれるでしょう。貴方の中の天国にいるような収縮…今は無意識ですが、覚えれば多分再現出来ますよ。一回、理性が残っている時に覚えて戴きたいものです」
「……祐樹がそう言うなら……努力はしてみる」
「約束ですよ。今度ホテルで…」
「分かった」
彼の声も熱を帯びてはいるものの、幾分眠そうだ。祐樹もこれ以上、話しているとおかしな気分になってくる。
「もう休みましょう。お休みなさい」
そう言うと彼も「お休みなさい」と呟いて眠りの国に堕ちて行ったようだった。
朝、隣で起き出す気配がしたので目覚めた。時計を見ると、祐樹のいつもの起床時間よりはだいぶ早い。が、彼はもう出かける支度を済ませており、なおかつテーブルには卵料理とパン、そしてコーヒーが2人分用意されていた。
「もう出勤ですか?私の食事のことは気になさらないで良かったのに…」
「そういうわけにもいかないだろう?居候の身の上だし…私は食べたら出勤するが、祐樹はゆっくりと食べてくれ」
先に食べそうな彼を制し、大急ぎで身支度をして一緒に朝ご飯を食べた。彼の料理は塩と胡椒の配分が絶妙だ。――ちなみに胡椒を買ったのは彼のためだった――
「私は、今日の手術の事前準備があるので先に行く」
食器を洗う祐樹に告げる彼の瞳が少し寂しそうで、その引力には抗えない。
「一緒に出勤しましょう。5分待って下さい」
そう言うと彼の瞳が雄弁に輝いた。
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