219 / 403
第十章 第3話
普段の祐樹なら自分の色恋沙汰を誰かに相談することは決してなかった。だが、教授のことは…特別だった。彼に感じていた違和感の正体が少しでも分かるならば、第三者の冷静な意見を聞いてみたいと思った。それに、先ほどの杉田弁護士の阿部師長に対する愛情の注ぎ方にとても感動した。恋愛沙汰に疎いと以前は笑っていたが、相手をあれだけ重んじられる男性もそうは居ないだろう。自分の浅薄な洗練された(と、当時は思っていた)付き合いがどれほど虚しいものか、教授とこういう関係になって思うようになっていた。
「一回目は向こうからの誘いに乗ったというのが正直なところです。こちらも八つ当たり的に抱いてしまったような気がします」
「ほう?で、その後も別に嫌がらなかった?」
「ええ、多分。翌朝、またの逢瀬を誘った時には断って来なかったので」
「で、アノ時の反応は?」
「………少し慣れてなさそうでした」
「でも、初めてではなかった…と?」
「それはないですね。ただ、誘い方やその他モロモロに戸惑っているような様子は有りましたが」
「まぁ、あれだけの顔とスタイルだ。しかもLAは我々にとっては夢のような街だと聞いたこともあるし、お誘いは多かっただろうな…」
「ええ、そうですね」
苦い気分を感じながら相槌を打つ。
「しかし、学生時代だってモテていてもおかしくないのにな…」
「ええ、それはそう思います。が、…・・・…彼には初恋の人が居たそうです」
「それはそれは…その人とは恋仲にはならなかったのか?」
恋仲…随分古い言葉を使うのだなと思ったが語感は良い。
「何でも高嶺の花だったとか」
胃の中が青汁を飲んでしまった時のように気持ちが悪い。
「彼が『高嶺の花』と表現するのだから…彼にとっては大変魅力の有る人間だったのだろうな…その彼とは片思いで?」
「ええ。そうみたいです」
「で、アメリカに行って、誰かと交渉を持った…というのは事実だろうな…」
「ええ、元カレは2人らしいです」
親身な声にツイごくごくプライベートなことも明かしてしまった。
「その2人にじっくりと可愛がって貰っていたと仮定しよう。日本に帰国した時から彼はナース達を虜にする魅力を備えていたに違いないが。そういう事実は無かった。それは間違いないか?」
「間違いありません。同僚のノーマルな医師も『どこか変わった』と言い出したのは今日ですから」
「では、簡単だ。2人の男性にそんなに惹かれていなかったということだ」
「しかし、同棲めいたことをしていたと本人が……彼は、好きでもない男性と一緒に住むような人ではありませんよ…」
自分だって、彼のマンションに上がることは許されていないのにと悔しく思う。
「どうして、過去の恋人が2人と分かったんだ?」
「本人に直接聞きました」
「そうか…その辺の会話の流れが気になるのだが…?」
祐樹はそんなことが重要なのか?と思いながらもありのままに伝えた。
「向こうが、私に『過去にどのくらいの人数と付き合ったのか?』と聞いて来たので、正直に答えました」
「ははは。田中君はモテるから…それを全部言ってしまったのだな?」
「はい」
いつの間にか「先生」という呼称は外され、熟練者に教えを受けるのに相応しい「君」になったが、却ってその方が素直な心情を吐露出来る。
「その後、田中君が彼に聞いたのだろう?『そちらは何人かと』」
「スゴイな…その通りです。良く分かりましたね」
「そんなことは馬鹿にだって分かるよ。男にとって処女というのは憧憬の対象ではあるが、遊び人の場合は処女を避けるという話は聞いたことがないか?」
「いえ、聞いたことは有りません」
「時代が違うのかも知れないが…経験値が高い人間だと処女は避ける。女性もそういうことが好きな人間は童貞を避けるものなのだ。万事が重くて、付き合っていても面白くはないからな…」
「ああ、それは何となく分かります」
「彼は、田中君の過去を知り、瞬時にそのことを慮ったんじゃないだろうか?『田中君は経験の少ない相手は嫌いそうだ』とか…それで、過去の恋人を咄嗟に水増ししたのではないかと思うのだが…?」
「それはつまり、私が経験が多いので、向こうもそれに合わせてくれたということですか?」
そういえば、その話をする教授は何だか考えて話しているといった感じだったな…と思い出す。もし杉田弁護士の推測が合っているならば、そんなに自分のことを?と思うと胸が熱くなる。
「もしかしたらLA時代も付き合っていると呼べるほどの恋人が居なかったのかも知れない…あくまでも憶測だが」
「そう…かもしれません」
そういえばキスも下手だったし、舌技もたどたどしかった。しかも口でソコを愛撫されたことがないと言っていたなと記憶を探る。
「そういえば、『口での行為は初めてだ』と…するのも、されるのも……」
「なら、確定だ。向こうの男性も深い中になるとかなりの高確率ですると聞いている。多分、短い交渉は有ったのだろうが、恋人は居なかったと考えるのがこの際妥当だろう」
杉田弁護士の言葉には含蓄と説得力がある。この際全部喋ってしまい、アドバイスを貰いたいと切実に思った。
ともだちにシェアしよう!