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第十章 第5話
「ほう…成る程。参考になったよ…彼の初恋はもしかして大学生の時かな?」
何が参考になったのかは分からないが。
「話の流れでは多分そんな感じがします」
「ふうむ…。一つの推論は成り立つな…」
「何ですか?その推論は?」
彼に関することならこの際、何でも聞いておきたくなった。
「推論だから、間違っているかもしれない。今の段階では言わないことにする」
「……そうですか」
まぁエビデンスの有ることしか言わないのは祐樹の仕事でもそうなので…これ以上は聞かないことにする。
過去の恋人問題については、杉田弁護士の論理的な意見で納得しそうになったが。またそうであればどれだけ良いかと思ったが、それを確かめるには本人から聞くしかないが…ああもはっきりと口に出したことを嘘だとは彼は言わないだろうな、と思う。
「過去の恋人の水増しなのですが…確かめる方法は、ないですよね?彼が明言した以上は、嘘だろうとは聞きにくいですし…」
「ははは。田中君は直球勝負だな…まぁ、理系の人間にはそういう人は多いが・・・」
年の功だろうか?あくまでも余裕の発言だ。杉田弁護士を過小評価していた自分が情けない。
「有るんですか?」
「私は『グレイス』では常連だし、相談や愚痴などを良く受けるということは知っているだろう?」
「ええ、それは何となく」
そういえば「グレイス」に行った時に深刻な顔をして杉田弁護士に話をしている人間を良く見かけたような気もする。色々な人間が彼に話をしていたなと。
「田中君の愚痴も良く聞かされたよ。つれないとか何とか…」
それはそうだろうな…と思う。自分は職業もあそこでは明かしたことがない。確かに刹那の快楽だけを求めていた…今思えば。あの頃はさぞ鼻持ちならない人間だっただろうと心の底から反省した。
「でしょうね…今思えば適当に付き合っていましたから…。でもそれが何か?」
「色々な人間の愚痴を聞いたが…田中君に関しては、『付き合っているのに水臭い』とか、『本音が分からない』という愚痴しか聞こえてこなかった。私は偶然、田中君の本職を知ってしまっていたから、適当に聞き流していたのだが…」
そうだった、杉田弁護士に自分の本職が知れたのは医療裁判の時がきっかけで、「グレイス」の店内ではなかったな…と今更ながら思う。しかし、何故そんなことを言い出したのか全く分からない。
「その愚痴と、彼の過去を知るのと何か関係でも?」
「それが有るのだよ。まぁこの際、名前などは伏せて置くが、割と色々な経験を積んだある彼の話を聞いていてね。そういう人間の方が話をしていると面白いのは分かるだろう?」
「ええ、それは…」
「田中君に関する愚痴の中にはアノ行為に対してのことは一切無かったことを思い出した。つまりソレに関しては皆満足していたわけだ…」
祐樹は苦笑するしかない。
「それは光栄と言うべきなのでしょうか?」
「まぁ、そうだろうな…。それに適当に遊ぶのもこの世界では良くあることだし…」
しかし、先ほどの「色々な経験を積んだ人間」との接点が見えて来ない。
「それと『話をしていて面白い』方との関連は?」
「仕事中の私用電話でせっかちになるのは分かるので…。手短に言おう。その彼…仮にA君としておこう。彼は外人と遊ぶのも趣味なのだよ。そのA君が言っていた。『外人のアレは大きいが硬度はイマイチだ。硬度で選ぶなら日本人、口説き文句の上手さやアレの大きさで選ぶなら外人だ…』とね。もし、彼の過去の恋人が外人だったら、嘘が言えないような状況…と抽象的に言ってしまうが…。ソノ時にでも聞いてみるといい。『硬さは過去の恋人達と同じでしょう?』と。それで、『そうだ』と答えれば彼がそれを知らなかったことになる。『同じ程度の人は居た』と答えれば一人は過去に日本人が居たということになるが…。もし、『いや、もっと柔らかかった』と答えても、田中君は傷付かない――だって、彼の口から既に過去の恋人の話をしている上に、『硬い』と『柔らかい』というデリケートな問題では、『硬い』と言う方が礼儀にも適っているのだから…きっと彼の明敏な頭脳でも何を聞かれているかは分からずに正直に答えてくれるはずだ」
ああ、成る程と思った。流石は誘導尋問も法廷戦術に長けている人だなぁと思った。その位のことは行為の最中に聞けそうだし、彼も怪しまないだろう…今までもっとスゴイことを色々言ってきたのだから…。
「大変、参考になりました。ご高説をもっと伺いたいのですが…そろそろ仕事に…」
「いやいや、田中君が本当の恋愛に巡り合えて良かったと思っているよ。それに阿部師長との出会いを作ってくれた恩は忘れない」
そう言って電話は切れた。時計を見て、まだ大丈夫だと判断し煙草に火を点けた。杉田弁護士の意見は大変説得力がある。もし、彼の論理展開が間違っていなければ、祐樹が思っていた以上に教授は祐樹に合わせてくれていたのだろう…しかし、どうしてそこまで…と困惑も残る。
彼はいつから自分のことを気にかけてくれていてくれたのだろうか?
彼はなかなか口を開かないところもある。早急に逢って話がしたいが、今日はダメだと思った。杉田弁護士の話を聞いて気持ちが混乱してしまっている。そういう時に話すのは逆効果だ。
煙草を一本吸い終わると、急いで病院に戻った。通話中も今も辺りには人影のないことは確認済みだった。逆のルートで屋上に戻り、白衣に袖を通してカルテを取り、鈴木さんの病室へ行った。
カルテに目を通すと、内田講師の所見が増えていることに気付く。きっと土日も出勤して、鈴木さんのことを気に掛けていてくれたに違いない。少し良心が疼いたが、祐樹にとってはプライベートなことも大切だった。
「田中先生。いつもお世話になります」
そう言ってくれる鈴木さんの厚意が有り難い。
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