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第十三章 第2話
「継続して身に着けているものですか?でも何故?」
「今現在は、田中先生の周辺から怪しい電波は出ていないが、あくまでも今現在しか分からない。今日一日白衣とか色々着ただろう?ポケットなどが付いていている服はマズイ」
良くは分からないが、電波というと盗聴器の類いだろうか?杉田弁護士の険しい顔を見ながら今日の行動を振り返った。手術の時は誰が着るかも分からない滅菌済みの手術着なので盗聴器のつけようがない。手術準備室で用意されているものを皆がランダムに取っていくのだから。しかし、何故今は電波が出ていないということが分かるのだろうか?
「盗聴器の心配ですか?手術着は前もって誰が着るかも分からないので、取り付けは不可能です。白衣もリネン室から洗濯されたものがロッカーの中にあったので、それを着ました」
「その白衣で、マズいことを喋らなかったかね?香川教授絡みの?」
白衣を着てからは彼とは話しをしていない。鈴木さんと話したことと、阿部士師長にお願いをしたことだけだ。阿部師長の件を知らせる。
「そうか……彼女なら大丈夫だろうが、こちらからも香川教授がこちらに来る時に十分に注意するように伝えておく。
で、何故今の田中先生に盗聴器が付いていないか分かったのかと言うと、実はセンサーがエレベーターホールに有るからだよ」
そんな機械があるとは分からなかった。機械については結構関心がある自分でさえも……。
と、不自然なまでに仰々しい観葉植物が脳裏を過ぎった。
「あの観葉植物の中に探知機が?」
「そう……携帯電話の電波とは違った領域の電波を発していたら受け付けのテーブルの下に置いてあるアラームで表示される。もし表示された時には電磁波のブロック機能の付いた部屋に案内するといったシステムにしてある。しかし、ラッキーだったな。香川教授と直接喋らなくて。院内メールを送信したのは僥倖だ。
それに、尾行に気付いてから一回も興信所の人間と接触していないのが強みだな。その黒いセドリックのナンバープレートは覚えていると言ったな」
「はい、この番号です」
机の上のメモ用紙を取り、番号を書き込む。
「早速照会してみよう。多分、自家用車ではなく、会社所有の車だろうから持ち主を調べるのは簡単だ」
のほほんとゲイ・バー「グレイス」で色々な人の恋愛相談を気軽にしていた時とは違った顔を見せる杉田弁護士のギャップがスゴイ。この人は途方も無く器の大きい人なのだと改めて思う。
「照会…って…警察じゃないと出来ないのでは?」
「もちろん、その通りだ。だから警察から聞き出す」
「そんなことが出来るのですか?」
祐樹の日常とはかけ離れた世界で何やら現実感が湧かないが。
「表向きは出来ないよ。ただ我々の大学が東京の官僚育成専門大学の次に官僚数が多い大学だってことは知っているだろう?」
「知識としては知っていますが。それに先生の卒業された学部はキャリア官僚になる人間が一番多い学部ですが、ウチの学部の卒業生では、厚労省しか行く人間は居ませんし」
「だろうな……医師免許を持った人間が必要とされるのはあそこだけだから。私くらいの年になると出世している学友は各省庁にぞろぞろ居るのでね」
「しかし、一番人気は財務省ではないのですか?警察官僚はあまり人気がないと聞きましたが」
どこかで聞いた覚えのある質問をした。
「ああ、ジェネレーションギャップだな……我々の頃は大蔵省と言っていた――通称MOFだ――が一番人気だが、警察官僚も人気なのだよ。何しろ警察のキャリア組は警察という武力付きの権力を持っているのだから。まぁ無駄話はここまでだ。今の警察庁の出世頭は、私の学生時代の同好会仲間なので、気軽に頼める」
「民間人に情報を流して大丈夫なのですか?」
決して祐樹もモラリストではないが、心配になった。
「もちろん、バレたらマズイ。だが、持ちつ持たれつで上手くやっている。警察庁の中で地位が上がると、色々な情報を閲覧出来るアカウントが与えられるので大丈夫だろう。ちょっと失礼。」
そう言って目の前の受話器を取り上げ、電話をする。相手の役職を漏れ聞いた時には、その役職名の煌びやかさに一瞬、祐樹を取り巻くトラブルを忘れて眩暈がするほどの地位だった。
「直ぐに照会してくれるそうだ…持つべきものは悪友だな。しかし、良くナンバープレートを覚えていたな……。これは田中先生のお手柄だろう」
「いえ、私などはまだまだですよ。昨日教授に尾行の有無を確かめたのですが、道中で出合った『黒いセドリック』を全て記憶してらっしゃいましたから、それも無意識に」
「ほほう、それは稀有な才能だ。それだけの暗記力を持つ教授が我々の世界に居れば、たちまちのうちに一流弁護士だ。何しろ、判例をどれだけ知っているかで裁判の行方が決まる。全ての弁護士の憧れ――最高裁で前例のない判決を取ることなのだが――彼なら出来そうだ」
「そうですね。論理的思考も職業柄得意でしょうし……ただ、彼の芸術的な手技は法廷では発揮出来ませんからね……」
「それもそうだな。医学界の損失だろうな……香川教授が抜けると……」
「しかし、興信所が分かったとして、何か打つ手はあるのでしょうか?」
「ああ、興信所というのは無免許で始められる。我々のような国家試験もない。田中先生だって、明日から事務所を持って『興信所』という看板を掲げれば、興信所の所長だ。
もちろん真っ当に営業している興信所もあるが、表向きは一般人が経営しているように見せかけているが、資金はコレが出している興信所もゴマンと有る」
彼は頬に人差し指を持っていき、すっと斜めに下す。傷を表現した動作に、ああ、反社会的な団体のことだなと分かる。
そんな団体が裏で糸を引いている興信所……。普通の興信所でも脅威なのに、まさかそれほどまでとは…
対処法はあるのだろうか?そして、彼を無事に守れるのだろうか?世間的にも、精神的にも、そして肉体的にも…。
不安ばかりが募る。五月だというのに、背筋に汗が伝うのを感じた。こうなれば、杉田弁護士に全てを任せるしかなさそうだ。祐樹のなけなしの貯金を全部なげうってでも、最愛の彼を守るために杉田弁護士の力を借りようと決意した。
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