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第十五章 第10話
彼に対する愛情のままベッドに押し倒してしまったが。彼の首筋までが紅く色付いていることに気付く。震えも止まっていない。
彼の腕を掴んで上半身をベッドの上に起こさせる。彼のシャツを脱がすと、彼の震える長い指も祐樹のネクタイに掛かる。
「今日は、貴方がそんなことをしなくていいから…手全てを委ねて下さい。貴方は何もしないで……私だけを感じていて」
ネクタイに掛かっていた指を掴んで口付け、優しく言った。彼の指から力が抜ける。
瑞々しい果実のような上半身が露わになる。その優美なラインを描く肢体を見て陶然となった。
「とても綺麗ですね……愛しています。貴方だけを」
そう彼の薄紅色に染まった耳たぶに囁きを落とす。彼の身体が切なげに震えた。
「私も……祐樹を愛している」
微弱に震える声だったがキッパリと言われ、祐樹は心が震えるとはこのことなんだなと思い知る。
彼のくっきりと浮き出した鎖骨の情痕が少し色あせていることに気付き遣る瀬無い気持ちになった。直ぐに紅い花を咲かせたかったが。それよりも何も身に纏っていない彼のしなやかな身体を見たかった。
彼の着衣を全て取り去ると、彼は恥ずかしそうに枕に片頬を預けている。
手早く衣服を取り去り、ベッドに上がると彼を力いっぱい抱きしめた。
「何だか、緊張されていませんか?」
初めての時よりも彼の醸し出す雰囲気は羞恥の色に染まっているようで。
「してる……。今までは、何と言うか……経験豊富な方が祐樹も気に入るだろうと……そのように必死に振舞ってきた……。けれど、今は素のままの自分で良いのだと思うと、恥ずかしくてならない」
健気な言葉に祐樹は胸が詰り、彼の肋骨が軋むほどの抱擁をした。彼もおずおずと腕を祐樹の背中に回す。
「今夜からは、恋人としてのセックスです。
今までは…手知らなかったとはいえ手酷く抱いて申し訳なかったです」
「いや、私は嬉しかった……な。祐樹が私のために時間を割いてくれることに……それに祐樹が私の身体ごときに欲情してくれているのも。日本に帰って来て教授着任の挨拶の時から嫌われたと思っていたから」
こういう性癖を持ち、かつ特殊な趣味でなければ誰だって彼には欲情するだろうことは内緒だ。そのことを告げても彼は信じないに決まっていると分かったので。
「あの折は誠に済みませんでした。日本の医療制度の崩壊をご存知ではないと思ってしまって……つい」
彼は慈しむような微笑を浮かべた。綺麗でそして懐かしそうな微笑だった。
「ああ、祐樹の重みと暖かさだ……もう一生感じることはないと思っていた……」
切なげに述懐する彼に愛しさが募る。本当にアメリカに行こうと決意していたのだな……と苦いものが込み上げる。
「私は……齋藤医学部長のお部屋で貴方が東京の病院に移られると仰っているのを携帯越しに聞いていて……離れ離れになる絶望感と共に、貴方が自暴自棄になっていらっしゃるのではないかとフト思ったのですが……」
彼は祐樹の背中に回した手を確かめるように動かした。しなやかで強く撓る指が祐樹の背中に独特の快感をもたらす。
「自暴自棄?いや、それはないな……私にとって祐樹が一番だから……私の仕事は――少なくとも英語圏と日本語が通じるところでは――どこでも出来る種類のものだし……それに自暴自棄になれるのは、自分に自信を持った人だろう?私はそもそも自信なんて全くなかった……手術以外に自信を持てるものなんて私にはない」
やはり杉田弁護士の慧眼は正しかったというわけか……。こんなにも魅力的な人なのに、そして若くして教授のポストを得た人なのに、その稀少さを本人は全く自覚していないようだ。が、おいおい教えて行けば良いことだと、祐樹は薔薇色の未来に夢を馳せる。
「……貴方を愛する私の身体です。気持ち良いですか」
「ああ、とても気持ちが良い」
満足げに吐息を零す彼の身体からは震えが幾分収まっていた。羞恥に震える睫毛は相変わらずだったが。
「祐樹が私を愛してくれるだなんて……まだ夢の中にいるようだ……。
憎しみでも気晴らしでも同情でも何でも良かった。祐樹が傍に、増してや私の中に居てくれれば……」
しみじみとした口調に彼の想いの深さを知る。祐樹が予想していた以上に彼の気持ちは重かったのだと。
そして想いの丈を表現する方法を知らなかった意外にも不器用な彼の内面を知った今となっては祐樹が彼を不安にさせないように……大切にしなければならない。
彼に相応しい人間にならなければならないな……と切実に思う。
「愛しています……よ」
激しい口付けを交わして祐樹は彼の唇から首筋、そして先ほどから気になっていた鎖骨のまで舌で愛撫する。鎖骨の上までは情痕を付けることが出来ない。意外にも手術着は露出部分が広い。鎖骨の上がギリギリのラインだろう。甘噛みすると、彼の細く白い首が仰け反る。黒い髪の毛が白い枕に散っていて……その髪が彼の体の動きに合わせて動く様も綺麗だった。
彼自身と祐樹のモノを触れ合わせた。お互いの情動のままにそれは充血している。腰を前後に動かすとお互いの先端から溢れてくる液体の湿った音が落ち着いた雰囲気の部屋に艶かしく響いた。
「まだ、恥ずかしいです……か?」
「ああ、とても……。何だか初めて抱かれているようだ」
「そうです……よ?恋人として……初めての夜です。そして、貴方が私に愛想を尽かすまでずっと傍に居て下さい。心からの願いです」
彼の右目に透明な涙の粒が一滴、浮かんだ。
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