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第十五章 第12話
彼は唇を動かしたが、結局声にならなかったようだ。小さく頷くと身体の力を抜いてくれた。頷く動作は、彼の前髪が下りてしまっているせいでとてもあどけなく見える。
祐樹と同じか、下手をすれば年下だと言っても通用するくらいで……。大学病院の教授総回診の時に辺りを払って歩く威厳は全く感じられない。
この素顔は自分だけが知っていると思うと――自分だけに見ることが許された素顔なのだと――晴れがましさで祐樹の鼓動を早く熱くさせる。
彼の白い肢体も薄紅色に染まって発光しているかのように綺麗だった。彼の負担を考えれば後ろから交わる形の方が望ましい。明日も手術があるので。ただ、今夜だけは彼の表情を見ながら一つになりたいという欲望に理性が負けた。
「挿れますよ……良いですか?もしダメなら仰って下さい。体調次第では貴方の負担が増大する……」
彼の顔を真下に見て言った。ごく薄い紅色に上気した額に前髪が汗で張り付いている。それを愛しげにかき上げていると、彼は目を閉じたまま唇を開いた。
「大丈夫……だと思う。ただ……とても……恥ずかしいが…」
唇も声も微弱に震えている。
安心させようと紅色に染まった目蓋に口付けを送る。その後は唇で唇を塞ぐ。彼の艶かしい吐息を祐樹は自らの口腔で感じる。それが限界だった。
「ゆっくり息を吐いて下さい……ね」
彼のすんなり伸びた白い左足を肩に誘導する。これでかなり彼の双丘が自由になる。
自分自身に乳液をたっぷりと付けてから先端部分をそっと含ませる。彼の描いたように形の良い眉は顰められていたが、彼の内部は待ちわびていたように濡れたシルクの肌触りで祐樹のモノを包み込む。内部の伸縮と乳液の油分に助けられ全てを一旦、中に収めた。
それまでは、祐樹が最も――というより男性全員がそうだろうが――感じるところに集中していたので、彼の顔を見る余裕がなかった。
普段の祐樹なら、この体位の時は必ず相手の顔を見ていたものだが。彼の内部は初めて男性を受け入れる微弱な震えが、いつもの内壁の天国に居るような感触に加味されてさらに細やかで繊細な動きをしていて。それが祐樹自身を惑乱の深淵に優しく誘ってくれていた。
彼の顔を見て、さらに背筋に電流が走る。多分声を出すのを抑えていたのだろう。彼の白く長い薬指が彼の唇に挟まっている。ただそれだけの光景なのに、彼のしなやかな指と几帳面に短く切った爪先がそれぞれニュアンスの違う薄紅色に染まり、それよりも幾分紅みが勝る唇がその指を食んでいる様子は、絶品だった。珊瑚細工で出来た美術品の風格と、情事の際の色香が薫るようで。絶句して見詰める。
動作もツイ止まっていたが、彼の秘密の場所が緩やかにまたは微細な振動を伴って締め付けている。まるでソコだけに別種の生き物を飼っているかのごとく。
「……ダメです……よ。貴方の貴重な指を噛まないで……怪我でもしたら大変です」
彼の指を唇からゆっくりと引き離す。赤い噛み跡の付いた指を仔細に眺め、怪我はしていないことを確かめた。そして彼の歯型と唾液の付いた指に舌を絡ませて吸った。
「しかしっ……声がっ…出るので……恥ずかしい」
切れ切れに零す彼の声がいちだんと色香を帯びていた。普段の情交でも充分に腰を直撃する声なのに、今回はさらに咲き初める桜の花の初々しさが宿った感じがする。
祐樹の唇の強弱に合わせて口調が跳ねる。比較的感じやすい指の付け根だけではなく今の彼は指も性感帯になったようだった。
「恥ずかしい……ですか。私は聞きたいです……とても。貴方の辛そうでいて……それでいて私に対する愛情が混ざった独特の声にも……魅了されます……が」
彼は一瞬だけ桜色をした目蓋を閉じた。再び目を開けると、彼の透明な眼差しの中に決意と情欲の紅い色を宿していた。
「ゆ……祐樹が……聞きたいのなら……っ……、口は塞がない」
「有り難うございます。貴方を愛しています。貴方だけを……ずっと」
心が吐いた溜め息のような心情の吐露だった。言おうとする前に口走っていた。その深みを感じたのか彼の全身が震える。もちろん祐樹を迎え入れた場所も。
男としては少し情けないが、もうそろそろ限界が近い。
「動いて……いいですか?」
「ああ。祐樹を感じっ……たいっ」
彼の零す匂いやかな吐息交じりの囁きも祐樹を駆り立てる。彼の極上のシルクの繊細な動きには敵わないと分かっていたので、一旦、先端部分を彼の秘めやかな口の近くまで引き抜き、ゆっくりと濡れたシルクの内壁を祐樹自身で――多分祐樹の魂そのもので――味わった。根元まで挿れる。
「あっ……いいっ……。奥まで祐樹を感じるっ」
彼の小さな嬌声は快感の証を含んでいて。動きを早くした。
祐樹のモノに絡み付く生きたシルクの感触は祐樹の動きに合わせようと嬉しげに蠢動している。
彼自身もすっかり立ち上がり、先端からはオパール色の液体がとめどなく溢れている。指で扱くと内部と連動した動きをする。何だか彼の性器を使って自慰行為をしている背徳感を感じる。
「そろそろ……です。愛しい貴方の中に居るのですからつい抑えが効かなくなりました」
肩に上げた彼の足を抱えなおして告げる。
「達する……なら……、一緒にっ」
「ええ、もちろんですよ。絶頂を極める直前でお知らせします」
彼の声がいっそう儚い調子を帯びた。快感の紅色は相変わらず纏っていたが。
彼の幾分細い肢体に鳥肌が立つ。祐樹の一突きごとに。そして紅の色が濃くなり、その上に汗が浮かんでいる。もっとも祐樹の身体から滴っている水分も混じっていたが。
鎖骨の上に祐樹の汗が滴り落ちて彼の汗の粒と混じる。そんな扇情的な光景を見てしまっては堪えようがなく。
「そろそろです。貴方……は?」
彼自身に手を添えて逐情を促しながら、彼の秘められた花びらの奥を思いっきり突き上げた。
「あ、も……うっ」
彼の手が祐樹の手を捜す様子を見せる。もどかしく両手を繋いで、禁忌を解いた。
彼の紅色に染まった顔は汗の粒を艶かしく光らせていて。そして絶頂の快感の深さを物語る満足さで照り映えたような淫らな表情だった。
彼の足を肩から下して繋がりを解く。脱力して彼の体の上に身を重ねた。
間近で見る彼の顔は、絶頂の余韻か青い淫らさを漂わせていた。至近距離から目を合わせ、微笑みを浮かべた、お互いが同時に。
彼の両腕が労わるように祐樹の背中に回る。祐樹も彼の身体を気遣いながら少しだけ背中を浮かせて腕を回した。
目蓋に口付けをして心の底から囁いた。
「貴方に出会えて良かったです。愛しています」
彼の澄んだ眼差しは揺らぐこともなく真っ直ぐに祐樹だけを見詰めていた。唇に晴れやかで満足げな印象的な笑みが浮かんでいる。
「私も……愛している」
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