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第十六章 第6話

 彼の全身の力が抜けてベッドに倒れ込んだ。  ただ仰向けに横たわっているので、彼の――もともとは祐樹の白いシャツだ。そこらの店で適当に買ったワイシャツ。それを彼が纏うとどこぞの高級ブランド品に見えてしまうから不思議だ――薄紅色の胸の尖りは祐樹の唾液を吸ってますますほの紅くツンと存在は主張している。  身体の繋がりは解いてはいない。一回外に出ようとすると、彼の密着度のある暖かい粘膜が名残惜しげに引きとめてくれていたので。  祐樹は彼の皮膚の内部に薄紅色のランプでも隠しているのではないかと、およそ非科学的なことを考えている。それほど彼のいつもは白皙の顔が美しく、そして満足そうに照り映えていたので。 「貴方の中は本当に最高ですね……濡れたシルクのような肉厚の花弁が私を天国に誘ってくれます。密着度が極上です。それに貴方の秘密の花びらも私を包んで下さって……」  彼の快楽の残り香がある部分部分に口付けながら褒めた。が、予想に反して彼は少し哀しそうな表情を宿す。 「祐樹がそう言ってくれるのは嬉しいが……それよりも締め付けられる方が快感は増すと……」  次第に声が小さくなっていく。 「はぁ?それはどこでお知りになりました?」  彼が性的な探究心とは無縁だと知っている。これからこの極上の身体を祐樹好みにさらに仕込みたいという密かな野望を燃やしていただけに意外だった。  汗で前髪が下りた額の毛を優しく梳く。――こういう時は彼が口を開いてくれるのを待った方が賢明だともう分かっている――。 「祐樹の部屋から訳も分からず追い出されてから。いや謝るには及ばない。祐樹は私を守ろうとしてくれたことが昨日今日でよく分かったから。  それで、思い余ってネットで色々なウエブサイトを見た。英語のサイトも有ったし、日本語のサイトも有った。その中には赤裸々な、せ……性行為を書いているものもあって……赤面しながらそれを読んでいると、『強い力で締め付けられて……ぜ……絶頂に達した』とかいう記述が沢山あったので……。祐樹は私の身体を褒めてくれるがお世辞ではないかと思ってしまっていて……」  彼の薄紅色に染まっている頬をごく軽い力で叩いた。 「あ、その感じ……気持ちが良い」  薄い艶の混じった声が祐樹にとっては天上の音楽のように聞こえる。 「顔も性感帯の一つですから……後ほど存分に触って差し上げますよ。  ただ、常識で考えてみて下さい。貴方自身を痛いほどの力で締め付けられて、それで快感を得るかどうか……?多分痛さの余り射精感は吹っ飛びますよ?やはり密着感の相性と程好い力加減が嬉しいと思いますが……」  彼の瞳が桃色に澄んだ輝きを放つ。 「やはり祐樹は私の身体は気に入ってくれているのか?」 「もちろんですよ。身体だけでなく性格も……ね。貴方はなかなか私の申し上げることを全て信じて下さらないのは少し悲しいですが、凱旋帰国後の出会いが悪かったということで。  しかし、これからは決して嘘やお世辞は申しません。貴方の身体はどこも私を魅了しますし、特に私だけに許されている場所は、私の過去の恋人はもちろん比べ物にならないくらい素晴らしい感触ですし『グレイス』でもそんな稀有な花びらを持った男性の話しは聞いたことがありません。何万人に1人という確率の人が持っている秘密の場所でしょうね」  彼の男にしては長い睫毛をゆうるりと撫でて愛撫しつつ涙の粒を祐樹の手で拭き取った。代償は、シーツに擦り付けられた乳液だったが。目蓋の上も優しく円を描くようにマッサージする。 「では、祐樹は私で充分満足してくれている……と?」 「充分ではありませんよ。完璧に満足しています」  彼の肌の色がますます紅く照り映える。 「そうか……」   それだけ言って、後は唇が空回りしている。何か言いたいのだが言葉が出て来ない様子だ。ただ、彼が喜んでいることは確かだったので後ろ髪……ベッドに押し付けられたせいで、自然な感じで撥ねている。その髪を梳いていた。が、気になるのは胸の小さな珊瑚珠の形と色をした突起と、彼の手術着――あれは胸の部分に風通しを良くするためにかなり肌の露出が大きい――から見えないギリギリのところに祐樹が花開かせた紅い情痕だった。  あの花びらも彼の内壁と同じ色をしてくれているのだろうか? 「シャツも……脱がせて……良いですか?」 「ああ、いい。ただ、私も祐樹を脱がせたい」  彼の薄紅色の唇が不満そうに尖った。どうやら一回逐情を果たしたせいで彼の気持ちも情事モードに切り替わったらしい。  祐樹は少し皮肉に笑って、自分の腹部――といっても、正確には彼のシャツの上だ――に飛んだ彼の白い欲望の証の中で一番大粒の雫をそっと右の人差し指で掬い取った。夏の草いきれを思い起こす香りを纏った彼の真珠の粒を、薄く形の良い唇に近づけた。 「この雫を貴方の薄紅色の唇に宿します。それを猫がミルクを舐めるみたいに舌で舐めて嚥下することが出来れば『天国へ連れて行ってあげます』という約束以上の……そうですね……貴方の明晰な頭脳が溶けるような快楽の深淵に貴方を沈ませて……、呼吸を忘れるくらいの悦楽を最愛の貴方へ……贈ります」  いつもの情事の時よりも熱く掠れた声が自然に出る。彼は身体を竦ませて聞いていたが。  瞳は怖いほど澄んでいる、無垢な赤ん坊のようでいながらもこの街名物の枝垂桜の濃い官能の灯火を灯した独特な瞳に魅入られる。薄紅色の唇が開いた。 「私は、祐樹になら……何をされても……いい。学部生の時から憧れていて……祐樹が同じ性癖を持つことが分かって……。しかし告白は私にはどうしても無理だ……そうしてアメリカに逃げた。そして時々夢に祐樹が出て来た。幸せな夢の時も有ったが……。祐樹が『お前のせいで最愛の恋人に振られた。責任は取ってもらう』とナイフを振りかざす悪夢も見たこともある……」  彼の声はいつもよりは少し低めだったが明瞭で、上手な舞台俳優が独白シーンに入った時にはきっとこうなるだろうと思わせる。祐樹が言葉を差し挟む余地が無かった。 「もちろん、悪夢だと自覚はしていた。ただ『グレイス』で初めて祐樹を見かけた時は心臓が止まるほど驚いた。その驚愕に輪をかけたのが祐樹にモーションをかけていた綺麗な人で……敵うはずもないのに……。祐樹は私のことなんて知らないのに……その人が羨ましかった。だからアメリカに居る時に夢を見たのだろう。あの綺麗な人と祐樹を引き裂いてしまう夢。  そして、祐樹が復讐にやってくる、ナイフを持って。夢なのだから荒唐無稽なのは当たり前なのだが……祐樹が正確に私の心臓の上にナイフの切っ先をあてがっても、私は『それでも良い。いっそ一思いに殺してくれ』と夢の中で叫んでいた。だから……私は祐樹になら何をされてもいい。その事実を夢で確認していたのかもしれない」  彼の静かな口調についつい引き込まれてしまう。実際はゲイ・バー『グレイス』であの時モーションをかけていた人――名前はアキだったか?――は顔もスタイルも彼には及ばないし、性格ときたら最悪だった。ただ、彼の脳裏には「グレイス」での一シーンが脳裏に焼きついたのだろう。  彼は自分の容姿がどれ程優れているかは全く無頓着だ。だからアキだかに敵わないと思い込んでしまった。その上祐樹に対する恋情も理性ではストップをかけた。が、夢では潜在意識が働いて……そして客観的に見たら彼の方が魅力的だとも自覚せず、アキから祐樹を引き離したいと思ってしまったのだろう。  もしもあの「グレイス」でアキだかに初めて会った時彼も同じように声を掛けてくれていたなら、祐樹は迷いもせずに彼を選んだに違いないのに……と今となっては思うのだが。  祐樹は、彼の真珠の一滴を唇の上に垂らした。ベビーローズの花びらに真珠が宿っているようでとても綺麗だ。彼は一瞬の躊躇もなく舌で舐め取る。味や匂いはお世辞にも良いとは言えない液体を。祐樹の身体が興奮のあまり震えた。彼は先ほどよりも腰を上げた。  彼の薔薇色の秘密の場所には祐樹が挿ったままだったのだが。繋がりがより深くなる。 「天国にでも、地獄にでも……祐樹とならどこまでも一緒……だ」  言葉と同調するかのように彼の濡れた花弁が祐樹を狂おしい天国に誘うより激しく収縮を開始した。彼が祐樹を愛してくれていたことは知っていたがまさかこれほど深く愛していてくれたとは…。その事実は祐樹の心に彼への愛執をよりいっそう深く刻まれる。  彼の細く長い脚が祐樹の腰に回された。  彼の吐く息も紅く染まっていて、祐樹の鼓膜まで情欲に濡れる。

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