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第5話 判じ蟲

「ただいまぁ、帰ったでぇ」  僕は鍵のかかってない戸を開いて家に入る。  この家には鍵はない。  化け物達が住み着いているから、物の怪セコムになっとるわけで。  泥棒やら、不法侵入者は多分、消える。  骨のかけらものこさず。  なんて、安心セキュリティー。  僕はちゃんと土間に靴をぬいで並べてから、屋敷に入っていく。  たくさん部屋のある平屋の一戸建てなのだけど、アイツの部屋以外は本棚で埋まっている。  アイツの部屋と台所と風呂トイレだけが生活空間なのだ。  綺麗に整理された古い本は、言語も様々だし、古い和書や古い革にかかれた本などもあるけど、僕は興味ないから何なんか知らん。  でも、アイツの大事なもんやとは理解している。  バイトの制服を洗濯機にいれたら、お風呂掃除して、沸かして・・・。  アイツがご飯作ってくれてるから、ご飯食べて、一緒に風呂入ろ。  お風呂や台所やトイレは現代用に改装されているので助かる。  風呂が広いのも好き。  二人で入れるの最高。  まあ、挿れたりすんのはね、平日はだめだけどね、ちょっとはエロいことしたいよね。   とりあえず、僕が嫌がって泣くアイツを隅々まで洗うことは確定なんやけどね。  でも、何よりも。  アイツとすめるん嬉しい。  愛する恋人の顔をまず見るために、僕はアイツの部屋に向かった。  でも、部屋にはいなくて。  この時間、本を読んでないのはおかしい。  アイツはこの家では、何か書いてるか読んでるか以外のことは、料理排泄食事睡眠風呂、僕とのセックスしかないんやぞ。  台所かな。    いつもなら、もうご飯はとっくに作ってて、部屋で僕が帰ってくんのを待っててくれてんのに。  一緒にご飯を食べるために。  僕がどんなに遅くなっても。  それにいつもキュンてしてんねんけど。  あれぇ?  「おらんの?」  僕はアイツの名前を呼びながら、台所へむかった。  うす暗い部屋を何個も抜けて行く。  この家は真っ暗にはならない。  アイツの部屋と台所トイレ風呂以外は電気がないにも関わらず。  薄暗いがぼんやりと夜でも部屋なぜか明るい。  それについてはもう考えないことにしている。  明るい電気の光がもれる台所から声がした。  「俺に言うてくるのは間違いやないんか」  アイツのイライラした棘のあるかわいい声が聞こえてきた。  珍しいな、お客さんかいな。    「ただいま!!」  僕はひょこっと台所の戸から顔を出した。  テーブルに座っていたアイツが振り返る。  誰かとテーブルに向かい合って座っていた。  改装した台所は、洋風でダイニングがあるのだ。  アイツの唇の端が僕を見て、一ミリあがる。  笑ったのだ。  可愛い。  可愛い。  笑わんようにしようとしてるくせに笑ったんや。   僕が帰ってきたことか嬉しくて。  もう可愛い!!  「可愛い」  呆けたように口にしてたらしい。  「アホっ!!何言うて」  アイツか真っ赤になった。  あわあわと、前に座る誰かに何度も目をやり、手が不自然に宙を泳ぐ。  何してんの。  空気かき混ぜてんの。  「彼が恋人かい、噂の」  声がした。  僕は基本的に人のことは興味ないし、どうでもいいんやけど、まあ、礼儀は仕込まれとるから挨拶した。    「こんにちは。恋人です」  ここは胸張って言う。  むしろ嬉しい。    「お前な・・・」  アイツはオロオロ視線を泳がせ、どうすればいいのかわからないといった風に、自分の髪をぐしゃぐしゃにし始めた。  「いやぁ、こっちも君を見張ってるんやから、大体のことは把握しとるんやで」  快活な声でその人は笑った。  「見張ってる」その言葉に僕は警戒心を抱いた。     アイツの前に飛び出し、アイツを背中に隠した。  そして、呻り声を上げて、その人を睨んだ。  その人の身体はそこそこデカい。  何かしてる。  格闘技をしてる拳のタコと、潰れた耳。    殴るのも寝業もいける。  距離を詰められたらあかん。  僕が出来るんはボクシングと兄貴にならったキックだけや。   まあ、関節技も使えんことは無いけど、正式に訓練した連中には通用せんやろ。  距離をとって・・・。  殴り殺す。  僕は歯を剥いた。  この男がアイツにとって良くないものなら、僕はコイツを殺さないといけない。  ぐるっ   ぐるっ  喉が鳴った。    獣のような呻き声しか出ない。  僕は「獣」とよばれていた。  リングの上で。  僕は拳を目高さに掲げてかまえ、ソイツを睨みつけた。    相手の目に怯えが見えた。  怯えよった。  お前の負けや。  お前は死ぬ。  僕の脚が床を蹴ろうとした時だった。  「待て!!」  アイツが僕に言ったのでとまる。  僕はアイツの命令には従うのだ。    「その人は俺の敵やない、味方でもないけどな」  アイツがため息をついた。  「座れ」  アイツに命令されたので、テーブルの側にある椅子に座った。  「・・・ホンマに番犬なんやな」  なにか感心したように、その人は言った。  「犬やない」  アイツは苦い声で言う。  「うん、僕は番犬やで」  僕は頷く。  アイツをまもれるもんなら何でもいい。  それが犬なら犬でいい。  僕の飼い主はアイツだけや。  そして、恋人や。  何故かまた、アイツがため息をついた。    「この人は警察の人や。俺らを監視しとる。俺らは、常に国に協力するとは限らんからな。まあ、俺らの研究の邪魔にならんのなら、たまには協力したるけどな」  アイツが言った。    俺らってのはアイツの家だ。  「そう、だから今回も協力してくれへん?」  ニコニコ男は言った。  「そういうのは爺さんに言え。こんなガキに頼むな」  アイツは冷たく言い放つ。  「連絡つかないんや。この数ヶ月。頼むわ。もう君だけが頼りやねん。もう3人死んどんねん」  男は両手をあわせて頼みにくる。  「嫌や。当主でもない俺があんた達に従う理由はない。人間が何人死のうが俺の知ったことやない。どうせ毎日死んどるんや。」  アイツは言い捨てた。  「俺の人生と時間は研究のためにある。邪魔するな」  アイツはサッサと出ていけというように手をふった。  格好いい。  研究こそ人生って言い切っちゃうお前格好いい。  その大事な時間を割いてくれてるんやから、僕は愛されてるんだよね。  「おっさんはよ帰り。コイツの時間は研究と僕のためにだけあんねん」  僕も言い切る。  お腹すいたし、早く一緒にお風呂に入っていちゃいちゃしたかった。  最後まで出来なくてもやれることはあるのだ。  風呂でしたいことをしたかった。  「仲ええよなぁ。いいなぁ。ボクなんて仕事仕事で恋人もおらんのに」  男はため息をついた。  僕に殺されかけたのに、平然としている。  僕は本気で殴り殺すつもりやった。  死体は証拠も残さず、赤や黒達が食べてくれるやろし。  僕の本気は伝わっていたはずやのにな。  煮ても焼いても食えへん感じは、ちょっと知ってる人を思い出させた。  僕の兄貴の師匠。  うん。  コイツろくなヤツやないと判断できた。      「秘密だらけの、人間を騙したりハメたりするような仕事しとるからやろ。さっさと辞めたらええねん」  アイツはドアを指差して出ていけと男に示す。  男はそれが見えないかのように振る舞う。  まるで、招待された歓迎された客であるかのように。  馴れ馴れしい笑顔をわざとらしく浮かべながら。  「頼むよ。偉いさんの息子が殺されちゃって、上からもせっつかれてるんや。君の爺ちゃんはどこにいるんだかさっぱり捕まらないし。君の兄さんは有り得ない金額をふっかけてくるし。頼むよ」  男は何度も何度も頭を下げた。    お爺さんが連絡つかなくなるのも居場所がわからなくなるのも、よくあることらしく、アイツは気にも止めていない。  てか、お爺さんのことをどう思っているのかもイマイチわからない。  アイツの研究のために必要な存在であること、学者としての敬意だけはわかるのだけど。    だが。  「兄貴やと?」  アイツの顔が歪んだ。  「ああ、このままだと君のお兄さんに大金を支払わなければならない」  わざとらしく男はため息をついた。  ノせられてる。  僕はそう思ったが、黙っていた。  何でもええから早く話が終わって欲しい。  お風呂入りたい。    色々したい。  そしてご飯食べたい。   なんでもいいのだ。  僕にとっては。  「あのあほんだらに、一銭たりとて払う必要はないわ!!・・・俺がやったる」  アイツが顔を歪めて言った。  あ、話終わるんやね。  早くご飯食べてお風呂入いろ。  お風呂。  お風呂。  エロイことしよ。  「助かるわ!!また明日詳しい資料もってくるからなぁ、ほな」  男はサッサと立ち上がった。    あっと言う間に消えてしまった。  引き上げ方の速さに好感を持った。  後一秒でも長く部屋にいたら、再び攻撃してしまったかもしれないからだ。    「・・・引き受けてもうた」  クソっとアイツが毒づいた。     もう僕はアイツを椅子ごと背後から抱きしめている。    「・・・なんやねん」  アイツが真っ赤になりながら振り返る。  「お帰りのキスがまだやん?」   僕はそう言って唇をかるく合わせた。  「お帰りのキスって・・・ああっ」  キスしながら首を撫でたら、感じやすい身体が震えた。  たまらへん。  舌で唇を割って、わななく身体を抱きしめながら口の中へ入り込んでいく。  アイツの舌と僕の舌を絡めあった。  「風呂・・・すぐ沸かすからな」  唾液を何度も交換してから僕は言った。  「飯・・・」  アイツが言いかけた。  「後で!!」  僕は勃起した性器をかかえたまま、風呂にお湯貯めに走った。    僕は風呂でするエロイことしか考えてなかったが、こうやって僕達はこの事件に巻き込まれることになっていたのだった。

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