9 / 43

第8話判じ蟲

 「探さなあかんのが二つに増えただけやないの?」  僕は言う。  結局、判じ蟲だけでなく殺意喰いの消えた仲間を探すことになってしまった。  「ウルサい」  アイツはキョロキョロしながら、僕の先を歩きながら言う。    殺意喰いの仲間が見たという場所と時間を教えて貰った。  殺意喰いの消えた仲間を探すことを引き受けることと引き換えに。  そこは先ほどの公園からそれ程遠いとは言えない通りだった。  歩いて20分ほど。  駅で言うなら一つ向こうの駅でしかない。    こんなに僕たちの近くを歩いていたのだ。  殺意に満ち溢れてた人間が。  内部に自分を不死身にしてくれる殺意喰いを寄生させながら。  そう、殺意喰いは主を生かすためになんでもする。  傷ついた身体を再生させることも。  身体の能力を向上させることも。  結果、雑喰いに寄生された人間は不死身になる。  寿命以外は。    だから公園のおっさんは死なない。  とっくにアルコールに蝕まれて死んでいるはずなのに。  殺意喰いに生かされている、不死身のアル中なのだ。  刺しても撃たれてもおっさんは死なないだろう。  殺意喰いが再生させる。    でも、今のところおっさんは殺意にあふれた、でもずっと泥酔しているだけの無害なアル中でしかないけど、ここを歩いていた主は無害かどうかはわからないのだ。  不死身の殺意にあふれた人間。  怖すぎるわ。  会いたくない。  それがこんなに近くにいるなんて。  「一目見ただけでわかるはずがないんや。ソイツが殺意喰いの寄生主かどうかなんて。俺もあのおっさんが寄生主だと考えつくまでは時間がかかった。その男が主に気付いたのもそれなりの時間がいるはずや。つまり、ここをどちらもが何度も通り、何度かすれ違がったことがあるってことや。定期的にこの時間ここを通る可能性があるってことや」  アイツは川沿いのフェンスに腰かけながら行った。  アイツは殺意喰いに教えられたその場所で、その時間で男を待つつもりだった。      「今日来るとは限らんやん」  家でイチャイチャしたかった僕はそう言ってみるが、ジロリと睨まれて、大人しくなる。  「お前は帰れや。俺に付き合う必要ないやろ」  冷たく言われて、慌ててフェンスに座るアイツの脚にすがりつく。  「帰れなんて言わんていて!!」  アイツの細くて長い脚に顔をこすりつけて泣いたら、通りすぎた人がぎょっとしたようにこちらを見た。  「あ、あほ!!ふざんけんな!!」  アイツが真っ赤になって怒鳴る。    それ程人通りがある場所ではない。  川沿いの生活道路だ。  でも人がいないわけではない。   抱きつく僕をみていく人たちもいて、アイツは慌てふためく。     「帰れ言わへん?」  僕は地面に座ったまま、アイツの脚を抱いたまま、アイツを見上げ言う。  「勝手にせぇ!!離れろ!!ほんならおってええ」   アイツは顔を背ける。  僕の恋人は人前で僕が引っ付くのを嫌がる。  それがわかってて僕はちょくちょくそうする。  本当に嫌・・・なのもある時はあると思う。  自分でもやりすぎる時があるんはわかってるから。  でも、それ以上に僕の恋人は僕と自分の関係が他人にバレることを恐れている。  僕が付き合っているのが自分であること知られるのを恐れている。  同性愛への偏見から僕が嫌な目で見られないように。   醜い(そう思い込んでいる)自分と一緒にいることで僕が笑われないように。  それは全部僕のためなのを知ってるから、僕はやりきれない。  他の誰が何を言おうと思おうと関係ないて言うてもどうしてもアイツは考え方を変えへん。  僕は世界中にお前が恋人だと告げたいくらいなのに。    僕は細くて長い可愛い脚から渋々腕を離した。  頬ずりしたいくらいなんやけど。  でも傍らに地面に座ったままアイツを見上げた。    家なら寄り添っていたら、アイツはおずおずと僕の髪を撫でてくれたりするんやけど、その怯えたような指がとても愛しいのだけど、アイツは困ったように僕に目をやってから、慌ててそらした。    身体はいくらでもくれる。    何でもさせてくれる。  言葉は悪くても愛してくれている。  でも、アイツと僕の距離はどこまでも遠い。  いくら身体を繋いでも。  アイツにとって僕はいつか離れなければならない、離さなければならない存在なのだ。  やっぱり、僕は切ない。      アイツは川沿いのフェンスに腰かけ、僕はその足元に座ったまま、黙って川沿いのその通りを眺めていた。  フェンスの下には小さな汚れた川が流れている。  僕らの住むこの市は沢山の川が流れている。    はるか昔、川を使って山にいた神を海沿いまで連れてきて出来た神社もあって、その一つがあの公園の神社だ(とアイツが言っていた)。  ようするに御神体を山の方から川で下ろしてきたらしい。  その船を模したのがこの街の祭りで街を練り歩く楽車(だんじり)なのだと。  「下ろしてきたんが御神体なんか怪異なんかわからんし、山から【下ろした】んか【下りてきた】んかわからへんけどな」  というのがアイツの解説。  あの街が狭間を多く持つことの意味もそこにあるのかも、と。  神なのか何なのか、それらさえこの街にやってくる。  怪異を惹きつけるのだ。  僕らの街は。  そんなこんなで、来るかどうかもわからん男を待つのは退屈過ぎた。  お家でイチャイチャしたいのに。  本当はバイト休みやし、アイツも大学早よ帰る言うてたから、イチャイチャするつもりやったのに。  挿れたりはせんけど、まぁ、アイツが疲れへん程度に色々したかったのに。  僕18やで。  ヤリたい盛りやで。  可哀想やろ  でも、これはアイツのしたいことなので我慢する。  僕はバカ犬って良く家族とか、師匠(兄貴の)とかに言われるけど、バカやないで。  僕は賢い犬やで。  アイツだけの。    アイツはじっと通りをみつめている。  身じろぎさえしない。  長い前髪に隠された目は鋭く尖っているだろう。  その男を見逃さないように。  その男は判じ蟲への手がかりなのだ。  アイツはもう確実に研究モードにはいってしまっていて、僕の存在さえ忘れている。  頭の中は色々なことがフル回転してるんやろ。    寂しいけど。  好きな人が夢中になっているのってなんかええよね。  アイツには生涯をかけた夢なんやし。  僕は少し居眠りすることにした。  どうせ僕、ソイツなんかそうやないんか見てもわからへんもん。  ぐう。  僕は地面に座り、フェンスにもたれたまますぐに眠りに落ちた。  夢の中でアイツは不器用に僕の髪を撫でていてくれた。  慣れないたどたどしい指が愛しくてたまらなかった。    そんな夢をぶち壊したのは、アイツの声だった。  「来たぞ!!」  アイツが叫んでいた。

ともだちにシェアしよう!