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第11話少女

 「で、コレが蟲だと?」  狐がしげしげと女の子を見つめながら言った。  「・・・キモい、変態!!」    女の子が狐に向かって言った。  可愛い顔に似合わず、キツい口調だ。  でも、僕はどうでもよい。  僕はアイツの肩を抱き、大好きなうなじの匂いを嗅いでいるので機嫌がよい。  くっついてても怒られないので機嫌がよい。  アイツの髪を撫でながら、思う存分、アイツの項の匂いを嗅ぐ。  ええにおい。   勃ちそうや。  「僕を世界で一番愛してるんやねぇ」  僕の頭をアイツの頭にすりつけて、グリグリさせながら言う。  もう可愛くて仕方がない。  「ああ、擬態しとるがな、その子は蟲や」  アイツは僕を無視しながら狐に言った。  無視はしてても、でも真っ赤になっているのが可愛い。  アイツの項を舐めたり、キスしたり、吸い付いて跡をつけたくなるのを堪える。  見えるとこ以外は噛んでも吸ってもナメてもいいけど、見えるとこはあかんのや。   コイツの身体、服脱いだら僕のつけた跡だらけだったりする。  代わりに横からアイツを抱き寄せ今度は髪の中の匂いを嗅ぐ。  アイツは諦めたようにため息をつき、僕の好きなようにさせてくれている。  僕達は警察に捕まったのだ。  まあ、騒ぎになったから仕方ない。  だが、すぐに狐がとんで来た。  で、アイツと僕と女の子はこの部屋に連れてこられたのだ。  女の子は蟲らしい。  それで納得した。  アイツの大好きな怪異ならしゃあない。  研究対象やもんね。  そら、だいすきやもんね。  僕は恋人の夢には理解があるんやからね。  僕は出来た恋人だから。  人間の女の子やったら絶対許さへんけどな。   隙をみて排除した。  絶対殺す。  「どうみても人間だぞ」  狐は女の子に罵られながらも、グルリと女の子の周りを見ながら回った。  「きもいって言ってるんだけど!!」  女の子は顔をしかめる。  が、狐は気にしない。  ジロジロ、見つめる。  まあ、そうだろ。  どうみても蟲には見えない。  「よう見てみ、影がないやろ」  アイツは言った。  そう。  確かに。  女の子には影がなかった。    「帰して!!お兄ちゃんのとこに帰る!!」   女の子が今度は泣く。  アイツが困ったようにため息をつく。  「彼女は判じ蟲の集合体や。本来判じ蟲は単体で行動するんやけど、稀に、こういう風に集合体になって擬態する、実物みたんははじめてやけどな」  アイツは狐に説明する。  「日の光に弱いのに、何故日中歩いてたのかは分からへんけどな」  付け加える。  アイツは僕が女の子を離したら、すぐに女の子にかけより、ゲロを吐き終わったばかりの女の子に、吐いてるもんがつくのも気にせず、自分のパーカーをかぶせたし、ここに着くなり、太陽光の当たらない部屋に女の子を連れていくらことを要求した。  「お兄ちゃん・・・」      女の子はまた泣く。  それしか言わない。  狐が何を言っても答えないのだ。    ただ泣いて怒るだ  「・・・俺達のために出来上がった人格やないんや。あくまでも、誰かの記憶のためにつくられた、誰かのための人格なんや。・・・難しいやりとりは出来んやろ」  アイツの解説した。  おそらく。  判じ蟲を飼っている誰かが、失った誰かを蘇らすために判じ蟲を使い、蘇らせた結果だけど、あくまでもその「誰か」にとっての「その人」でしかないらしい。  僕達、記憶には存在しない人間の前ではどう振る舞うのかのデータがないから、「何も出来ない」らしい。  「・・・そやけど、勝手に外を出歩くなんて、有り得ないんやけどな」  アイツは不思議そうに言った。  僕はどうでもいいので、アイツの項の匂いを嗅ぎまくってる。    ああ、舐めたり噛んだりしたい。    「お兄ちゃん、お兄ちゃん、助けて」  女の子はポロポロ泣く。  アイツがオロオロしていた。  僕が泣いていても、冷静なくせに。  「お腹すいとるんか、エサか。餌・・・何かいらん人間とかないか?お腹すいとるんや・・・」  とか言い始めてるし。  コイツの中では人間<怪異や。  怪異の為に人間が犠牲になるのはしゃあないとすら思っているところはある。  「いや、確かに要らない人間はここにたくさんおるけどな、餌にしたらあかんやろ。ここ、警察署やから」  冷静に狐が突っ込んできた。  「しかし、これほど貴重な存在を・・・」  アイツは僕を振り払って、女の子の側にいき、女の子の涙を取り出したハンカチで拭いてやる。  女の子は僕や狐が近づくと怒るが、アイツが敵ではないのは分かるらしく、アイツが触るのは怒らない。  「人間の代わりに何かを・・・」  ブツブツアイツが言い始めた。  僕は僕の腕から逃げ出したアイツを連れ戻そうとは思わなかった。  何故なら、僕の身体は僕の意識より先に反応していたからだ。  遠く聞こえる悲鳴や物音に。  僕の直感が教えてくれた。  良くないモノがやってくる。   ここに。  「狐!!」  僕は狐にむかって言う。  「狐ってオレのことなんかな。普通、言いにくいことを言うね」  狐がブツブツ言う。  名前を忘れてるからしゃあないやろ。  僕は気にしない。    「銃はあるか?」  僕は聞く。  「あるわけないやろ。オレはあくまで情報の収集と分析が仕事や」  狐は言う。  警察なのに、銃もないのか。  「・・・どれだけ戦える?」  一応聞く。  狐の体格はなかなか立派だからだ。  「オレはボディビルダーであって格闘家やない。科学的に肉体をデザインしとるだけや」  狐は胸を張ってこたえた。  コイツ・・・見かけ倒しか。  ほんなら、僕一人でやらなあかんか。  「僕の恋人の隣りにおれ」  僕は言った。  アイツの命に関わるようなことにならなければアイツの影に住む白は出てこない。   そうなる前になんとかしたい  「どういう・・・?」  狐が僕に尋ね終わる前に、僕らがいた会議室のドアが吹き飛んだ。    「お兄ちゃん!!」  女の子が叫んだ。  嬉しそうに駆け寄ろうとする女の子を狐が腕を掴んで止める。    だが、その狐の顔は真っ白だ。  吹き飛んだドアから表れたモノを見て言葉を失っている。  それはヌルヌルとした質感を持つ、巨大な生き物だった。  濃い絹色のナメクジの身体のような身体の軟体動物だった。  ただ、ナメクジとは違い蛇のように長く、それがのすごい勢いで身体を蠢かせ、動いていた。  高速で動く、ナメクジのように。  そんなモノがいるなら、や。  でもおる、今目の前に。  そして、何よりも気持ち悪いのは・・・。  ぬめった身体も、のたうつような動きもおいといて。  僕が虫があかんのも置いといて。  その虫の身体の先には顔があって、それがとてつもなく美しい男の顔やということやった。  美しい人間の顔は、巨大で長細いナメクジの身体をさらに醜悪にした。  全身に嫌悪からサブイボが立つ。  キショイ。  キショすぎるやろ!!  そして、その顔は笑った。   美しい唇を歪めて。  僕を見て笑った。  「迎えに来たよ」  そしてナメクジは女の子にそう言った  僕はボクサーや。  あくまでも人間相手の殴り合いの専門家であって、化け物なんか専門外や。    正直どうすりゃいいかなんてわからん。  でも、アイツと一緒に巻き込まれた事件で人間相手に戦ったことはある。  だから、一つだけ僕は有利だった。  おそらく、この化け物が署内に表れた瞬間、誰もが逃げ出したのだ。  当たり前や。  警察が退職出来るんは犯罪者であって化け物やない。  だからこそ、このナメクジはここまですぐにやってきたのた。  悲鳴や叫びは僅かだった。  早々に皆逃げ出したからだ。  それがこのナメクジの狙いやったんやろう。  その奇怪な姿で恐怖を与えることが。    でも、残念やったなナメクジ。  僕は悲鳴を上げて逃げたりはせん。  何故なら、僕はな、慣れとるんや。  化け物にはな。  確かにはじめてやったら泣いちゃったかもしれないけど。  僕は恐怖に固まったふりを一瞬してみせた。  そして、それをナメクジが確認したのを見た次の瞬間、僕は机の上にあったボールペンをつかんでナメクジに飛びかかり、ナメクジの目にそれを突き刺した。    グチャリとボールペンが眼鏡を貫く感触が手に伝わった。  ボールペンはナメクジの眼球にめり込んでいた。    ぐぁぁあぁ  ナメクジはその美しい顔を歪めて叫んだ。  よし、まずはOK!!      「よく躊躇なく目玉にボールペン突き立てられるなぁ、お前どうかしとるんやないか?」  動揺した狐が妙な非難をしてくる。  おいおい、化け物相手にそんな遠慮はできんやろ。  「眼球なら攻撃効きそうやん」  僕は答えた。  このヌメリのある身体を素手で殴ったところで、攻撃が効くかわからなかった。  人間の顔についてる目なら攻撃が効くかと思ったのだ。    ナメクジは叫びのたうち回っている。  人間と同じだ。  目をやられたら、人間は本能的に動けなくなるんや。  だけど僕だってもちろんこんな化け物相手に素手で勝てるなんて思ってへん。  こんなの時間稼ぎだ。    「こっちに!!」  アイツが叫んだ。  僕はアイツの隣りに、そして女の子の腕を掴んだ狐もやってくる。  「あにわなから!!」  アイツは叫んだ。  立っていた床の感触が消えた。  僕達は落下する。    「うぉぉっ!?」  「いやぁ!!」  突然足元の床が消えて狐と女の子は悲鳴を上げた。  いや、消えたのではない。  床が気体になったのだ。    アイツの影に潜んでいる黒の能力だ。  黒は物体の状態を変える。   気体にしたり固体にしたり、ゼリー状や液状にしたりする。    だから僕達はアイツの周りだけ気体になった床を突き抜けて、下の階へ落ちていった。        上の階から落ちてきた僕達は、下の階の床にたたきつけられ、またさらにその床が気体化する。   また床をすり抜け、下の階へ。  何度かバウンドさせられ僕達は一階まで落ちた。    「車はどこにある?」  アイツが狐へ叫ぶ。    「駐車場に!!」  狐はすぐに答える。  もう混乱してない。  適応力が早いのは流石だ。  飲み込みも早い。  逃げなければならないことがわかっているのだ。  悲鳴が聞こえ、聞いたことのな音がする。  何か重たいものが引きずられるような音だ。   ズルズル  ズドン  ズドン  重たいモノが壁 や何かに凄いスピードで蠢きますながら壁やいろんなものにぶつかる音なのだともう分かってる。    ナメクジが階下まで僕達を探しに来ようとしているのだ。  逃げなければ。  ナメクジは女の子を追っている。  正しくは蟲を。  僕はアイツを肩に担いだ。  だってコイツ、走られへんからな。  小学生より足が襲いのだ。  狐も暴れる女の子を担いだ。  「走るで!!」  僕は叫び、狐は頷いた。  僕達は駐車場に向かってダッシュした。    「早よ、早よ!!」  僕は後部座席にアイツを放りこみ叫ぶ。    狐も女の子を後部座席に投げ込む。僕と狐は運転席と助手席に飛び込む。     僕は助手席。  まだ免許ないからね。  「早よ出して出して!!」  僕は叫ぶ。  やっと銃声がした。  誰かが銃を撃つことをやっと思い出したらしい。  だが、銃が効いている様子はなかった。  だって。  見えるし。  ほら。    どしっ!!  警察署の入り口のドアが吹き飛んだ。  グシャーン!!    自動ドアのガラスが砕け散りキラキラと拡散する。     片目にボールペンを突き刺し、美しい顔を般若のように歪め、ぬめった身体を蠢かせながら飛び出してくるナメクジの姿が。  やっぱりね。  銃なんかきかないんやで。    「早く!!早く出してや!!」  僕は狐に向かって叫ぶ。  「分かってる!!」   狐はエンジンをかけ、思い切りアクセルを踏む。  ブレーキを踏みながらアクセルをかけ、クラッチを繋げば、車はその場で急回転して出口にむかう。  あ、これ知ってる。   良くない先輩方が港で車を滑らせたり、回転させて遊んでる時にしてた。  コイツ育ちようないな、僕は狐をちょっと見直した。    僕らの街では夜の海辺の埋めたて地がある港は、不良のたまり場なのだ。  車が飛び出した。  シートベルトをつけていない僕はフロントガラスにぶつかりそうになった。  「しっかりどこかにつかまっとけ!!」  狐が叫んだ。    僕は座席にしがみつき、後部座席のアイツは怯えている女の子を抱きしめた。  あれは蟲や。  女の子に見えても、あれは蟲や。  僕はそう自分にそう言い聞かせる。  後でしがみついて良いのは誰なのかはゆっくりわかってもらおと思たし、そうするけどな。  どしゅっ  みしっ  振動と軋む音がした。  振り返ると、後部座席のガラスがひび割れていた。  カッと目を見開いナメクジが、片方の目にボールペンを突き刺したままガラスにはりついていた。    「返セ・・・」  軋むような金属音の声が車内に響いた。  夜の闇みたいにその声は車内を一瞬で冷ややかにした。  「いやぁ!!」  僕は悲鳴をあげた。  怖い怖い怖い。  「振り払ってぇ!!」  僕は狐に懇願する。  「喋んなや!!舌噛むぞ!!」  狐は怒鳴りながら、ブレーキを踏み、ハンドルを切った。    クキキキーン  タイヤを焦がすような音と共に、車が滑り、急回転した。  世界が車と一緒に回った。  そして、一瞬止まり、また猛スピードで走り出した。  飛びだしだ衝撃で僕はフロントガラスにアタマをぶつけた。  ぐげっ  泣いてた僕は舌を噛んだ。  痛い。血が出てるでこれ。  僕は慌てて、シートベルトを締める。    「あんた絶対走り屋やったやろ!!」   僕は狐にいう。  舌が痛くて少しもつれた。  「若い頃ちょっとな!!それよりナメクジは!!」  僕は後部座席の窓を確認する、いない。  振り落としたのだ。  でも。  横を見た。  助手席側の窓ガラスを。  「嫌やぁ!!!」  僕は叫ぶ。  猛スピードで走り続けている車なのに、助手席のすぐ横にもう美しいとは思えない顔が見えていた。  ナメクジは時速100キロで走っていた。  そんなナメクジおる?  いや人間の顔したナメクジもおらんけど!!!    「振り切る」  狐はそう言うと、アクセルを踏み込んだ。    さらにスピードがあがり、やっとナメクジの顔は見えなくなった。    でもわかる。  見なくてもわかる。  追ってきている。  アイツが言う。  「俺の屋敷へ!!俺の屋敷にはアイツは入れない!!」  そして、腕の中で暴れる少女を抱きしめる。  「お兄ちゃん!!」  そう言って窓の外のナメクジへと手を伸ばし泣く少女を。  アレは蟲。蟲なんや、と言い聞かせるが、どないもこないもムカついてしゃあない。  本当に抱きついてもええのは誰なんかわかって貰わないとあかん。  今日は挿れたらあかん日やけど、絶対挿れる。  僕は誓った。  なんならこの蟲の前でしたらええんや。  思い知ってもらわなあかん。    きしゃぁ  きしゃぁ  窓の外でナメクジが吼える。  また追いついてきたのだ。  何キロで走っとんねん。  クラクションを鳴らし続け、車の間を縫うように狐は車を走らせて行く。  なのにナメクジは着いてくる。  時にぶつかった車の方を跳ね飛ばしながら。  ぶつかる音やクラクションが壊れた音が聞こえてくる。  ナメクジが助手席の外に並んだ  ナメクジの口が有りえない程開いて、尖った歯が見えた。  あり得へんことに、その歯は歯茎だけやなくて、喉の奥まで生えていた。  「嫌やぁ!!」  僕はまた泣く。  なんか、なんか、今回の怪異、生理的にあかんのですけど!!!!  「そこまで身体を改変させとるんか・・・もう、戻らへん・・・」  アイツが複雑な声で呟いた。  ドシン  車が揺れた。  猛スピードで走る車にナメクジがぶつかってきたのだ。  一瞬、車輪が片方側が浮いたのがわかった。  「クソっ!!」  ハンドルを動かし、アクセルをふかし、狐がなんとか立て直す。  「車転がして倒すつもりや!!引き離せ!!」  アイツが叫ぶ。  「これ以上この車ではスピードは出ない!!」  狐が悲痛な声を出す。  「ちゃんと違法改造しとけや!!走り屋なら!!」   僕が怒鳴る。  「アホ、署の車にそんなん出来るかい!!」  狐が言い返す。  きしゃぁ  きしゃぁ  ナメクジが吠えた。  またぶつかってくる!!!    女の子は多分、死なないのだ。  車が壊れた位じゃ。  だから車を壊して女の子をとりだそうとしているのだ、ナメクジは!!  ドシン  グシャン  衝撃音が響く。  車が激しく揺れた。  何度も回転し、転がっていく。  そして、気がつけば、いつのまにか渡りかけていていた橋の上から、川へと車は落ちて行く。  くぎゃぁ  げぎゃあ  ナメクジが鳴いた。    必死で落ちていく車を追い、橋から川へと落ちていく。  ・・・それを僕らはじっと見ていた。  「よし、いくで。蟲は水に弱い。沈んだ車をナメクジはしばらく必死で探し続けるはずや」  アイツが言った。  「あやかはらやか」  アイツは呟いた。  影の中にいる赤に向かって。  赤は幻覚を作り出すことができる。  アイツは川の水がまきあがった砂などで見えなくなる幻覚を赤に要求したのだと言った。  見えない水の中で落ちた車をナメクジは探し続けるだろう。  それが赤が作り出した幻覚だとはわからないまま。  ナメクジがぶつかる寸前、アイツは狐にブレーキを踏むように言った。  そして、それと同時に赤に幻覚を作り出させたのた。  僕らが乗っている車と同じ幻覚を。  ナメクジは幻覚の車を追ったのだ。  そして、音。  アイツは窓から札はを放った。  札には紙蟲がついている。  アイツの家にいる怪異の一つだ。  音や映像を作り出し、それを吐き出すことができる。  アイツはナメクジが車にぶつかる音を紙蟲に食べさせていたのだ。  紙蟲は契約通り、閉じ込めていた音を解放させたのだ。  激しい音は僕達の急ブレーキの音を消した。  音とリアルな幻覚に、ナメクジは落ちていく車を僕らだと思ったのだ。  当たった感触がないのに吹き飛んだことを奇妙に思ったとしても。  「ちょっと振り返ったら、そこに止まったままの僕らを発見出来たのに」  僕は不思議に思う。  「自分の予想した通りのもんしか見ないんや。ナメクジはあれでもまだ人間やからな」  アイツが言った。  狐が再び車を動かした。  ナメクジはあいつ屋敷に車が入るまで、追って来なかった。  赤の幻覚が消えても必死で探し続けたはずだ、とアイツがいう。    「大事なものが死ぬかもしれんなら、冷静になれるわけないしな」  アイツは当然のようにそう言った。

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