「で、どうすんの、これ？」 　僕は嫌そうな顔を隠しもしないで、アイツにしがみついてる女の子を指差した。 　アイツは椅子に座って、膝の上に女の子を乗せて、その髪を優しく撫でていた。 　女の子は泣き疲れ、アイツにしがみついたまま眠ってる。 　赤や黒にしてるのと同じ感覚なんだろうけど、僕は面白くない。 　どう見ても15、6の女の子なのだ。 　非常に不愉快だ。 　「餌がいるけどなぁ・・・餌にする人間がなぁ」　 　アイツは困ったように呟く。 　そして狐を見つめた。 　 　僕達の台所でお茶を自分で淹れて飲んでいた狐は、ぎょっとした顔で怒鳴る。 　「オレを喰わすなよ！！」 　でもその声には大きさの割りには力がない。 　この屋敷の中では、当主代理であるアイツの力が最強なのだ。 　それを狐は知っているんや。 　「まぁ、１日なら死なへんやろう。まだ擬態のままでいられてるし。死体かなんか・・・手配してみるわ」 　アイツの言葉にぎょっとする。 　死体って・・・。 　死体を喰わすって！！ 　そんな・・・！！ 　「まさかその女の子飼うつもりやないやろな！！」 　僕は怒鳴った。 　「そっちかい！！」 　何故か狐が突っ込んできた。 　「なんで死体喰わせんのはお前ら平気なんや！！」 　狐に言われても。 　 　僕に関係ないもう死んでる人のことなんか知らんやん。 　「誰かを殺すわけやない、無くなっても誰にも気にされへん死体を燃やすんも喰わすんも同じことやろ。骨の代わりに皮が残るだけや。死体なんて、ただの肉や」 　自分の死後、化け物達に自分を食わず嫌い契約をしているアイツとしては当然の論理やろ。 　食わさんけどな。 　僕が喰う。 　絶対に。 　「死体でも食べるん？」 　僕は聞く。 　なら、わざわざ人をどうやってだか連れ出したりする必要はないはずだ。 　生きてる人間を連れ出して殺すより、殺した人間を連れ去る方が簡単なのは僕にでもわかる。 　「生きてる人間の方が、ええけんやけどな。死体を喰わせたら擬態はとけてしまう。擬態させつづけるためには・・・生きた人間を喰わせ続ける必要がある」 　アイツは女の子の背中を撫でながら言った。 　これが、女の子ではなく大量の蟲の中に手をいれて喜んでいるアイツなら、そっちのがゆるせる、と思った。 　それはそれでゾワゾワするけれど！！ 　僕は虫はあかん。 　あかんけど！！ 　でも！！ 　「お兄ちゃん・・・」 　細い声で女の子が泣いた。 　寝ぼけているのだ。 　「泣くな・・・」 　アイツが愛しそうな声で言った。 　女の子の柔らかな髪をなで続ける。 　背中に回した腕が優しく女の子を抱きしめている。 　こんなん嫌やぁ！！ 　嫌すぎるぅ！！！ 　もう僕の中はいろんなもんが限界やった。 　「で、ナメクジはどうするんや。てかあんなもん警察の仕事やないな」 　狐が他人事のように言う。 　そこで僕は少し冷静になった。 　とにかく、狐を追い返してから、僕は恋人と話し合わなあかん。 　「話し合い」しなあかん。 　わかってもらわなあかん。 　ひどい。 　酷すぎるんやもん。 　「ナメクジ・・・どうなったんやろ？」 　僕は呟く。 　僕はテレビを着けてみた。 　街中でナメクジが暴れ出したのだ。 　だが、いくらチャンネルを変えてもそんなニュースはなかった。 　「なんで？あんなに暴れてたのに」 　僕は呟く。 　テレビのローカルニュースは、暴走する車のせいで、玉突き事故が発生したことは伝えていた。 　誰も人間の顔をつけたナメクジの話をしていなかった。 　 　「まだ解ってへんな。怪異は誰にでも見えるわけやない。狭間以外ではな」 　アイツが言った。 　「確かにナメクジは人間や。だけどあの身体はもう怪異や。怪異は狭間以外では見える人間は限られる。あそこの署はちょっと特殊でな、この屋敷程やないけど固定された狭間が存在しとる、そやからそういう部署があるんや。そんな部署があることもあそこの署の連中は知らんやろうけどな」 　アイツの言葉に納得した。 　「俺やお前や、ここのおっさんみたいに怪異について免疫があるヤツは別やけど、普通は怪異は見えへんのや」 　アイツは顎で狐をしめした。 　「おっさん・・・オレ20代やで一応」 　狐が勝手に冷蔵庫からビールを取り出していた。 　「アホ、飲むな！！さっさと帰れ！！車乗って帰るんやろが！！」 　僕は怒る。 　僕は恋人と話があるんや！！ 　「ナメクジが待ち受けているかも知れんのに出られるへん。対策できるまではおらしてもらうで」 　狐はビールを飲み始める。 　「大体なんで未成年しかおらん家にビールがあんねん。警察官として未成年者の飲酒は見過ごされへん没収や」 　適等なことを言い出した。 　僕のやのに。 　本をめくってるアイツを眺めなが、ビールを飲むのが僕の楽しみなのに。 　可愛いなぁ、思いながら。 　 　「対策って？」 　アイツが腕の中の女の子をあやすように背中を叩きながら言った。 　「まぁ、なぁ、専門業者に頼むというか」 　狐の歯切れが悪い。 　「タカアキ呼ぶつもりなんか！！」 　アイツの顔色が変わった。 　アイツの兄貴らしいタカアキを、アイツがめちゃくちゃ意識しまくっているのは、僕も知っている。 　ものすごい複雑な感情を持っているということは。 　アイツが自分のじいさんに持っている、乾いた尊敬の感情とは違いすぎることだけ、分かってる。 　「しゃあないやろ。オレみたいな1警察官に出来ることはあらへんし。大体、ウチの部署は二人しかおらんし、先輩は長いこと帰ってこうへんし」 　狐が細い目をさらに細めて顔をしかめた。 　「知らんから帰れや」 　僕は言った。 　どうでもいいから帰れ。 　恋人達の時間に邪魔や。 　なんなら、その蟲も持って帰れや。 　僕のどうでも良さ加減とは反対にアイツはヒートアップしていた。 　「タカアキなんかに・・・タカアキなんかに・・・」 　アイツが屈辱に震えている。 　めちゃくちゃプライドが高いアイツには、自分がどうにか出来ないことを、その兄貴になんとかされるんが嫌なのはわかった。 　僕みたいに出来の悪いとかいうレベルではない、ゲスな兄貴を持っている人間には、この感覚はわからない。 　僕はいつでも兄貴よりはちゃんとしている自信があるからだ。 　あの兄貴と比べたらほとんどの人間はマトモや。 　「オ、俺がなんとかしたる！！」 　アイツが真っ赤な顔をして怒鳴った。 　予想通りやし、狐のヤツはこれを予定しとったやろう。 　したり顔しとった。 　コイツ・・・しばかなあかんかもな。 　いつまでも僕の恋人を利用出来ると思うなや。 　僕の許容をこえたらゆるさん。 　もうそろそろあかんかもな。 　僕はアイツのためなら何でも出来るんやで？ 　大体、こゆとこアイツ単純すぎるねん。 　あんな賢いのに。 　僕はため息をついた。 　そこへ、チャイムがなった。 　古い家には不似合いな台所にある、インターホンからチャイムは鳴っていた。 　この屋敷を訪れるモノはそうはいない。 　鍵のかかっていないこの屋敷に、いろんな人間が勝手に入り込んで消えていったからだ。 　主の許しなく、この屋敷に入った人間で無事だったのは僕だけ。 　でも、僕は意識を失ったアイツを抱えてこの家にはいったわけで・・・。　　 　後は髪の毛一本残さず消えている。 　どんなに屋敷をさがしても見つかることはない。 　それは有名な話で。 　だから門の前に立つ人を映す、このインターホンが使われることは・・・めったにない。 　用のあるヤツはまず、電話してくる。 　主の許可を先に得るために。 　 　誰だ？ 　僕はアイツと顔を見合わせた。