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第13話 訪問客

 それは少女だった。  まだ高校生位の。  モニターの画面に、パーカーにジーンズを着た不機嫌そうな少女が映っていた。  ボーイッシュな、生意気そうな少女だった    「誰や」  アイツに代わって僕は聞いた。  「被害者の娘や」  画面の中の少女が応えるより早く、狐が言った。  「蟲に食い殺された女の娘や、この子。オレ話を聴かせてもらいにいったからな、間違いない」  狐は断言した。  その女性を喰ったであろう、アイツの腕の中で眠る女の子を見ながら。  「入れてもらいたいねん。妙な話でどう説明したらええのかわからへんけど・・・」    少女は画面の向こうから困ったような声で言った。  アイツの決断は早かった。  「鍵はかかってへん。入ってこい」  アイツは少女にそう言った。  主の許しさえあれば、この屋敷での安全は保証されるのだ。  少女は怯えた顔をした。  この屋敷のことを知っているのだ。  でも、少女は大きな門の扉に手をかけた。  根性が据わっている。  扉はまるで自動ドアのように独りでに開いた。  少女はびくりと震えた。  明らかに古い門は自動ドアではないとわかるからだ。  でも、少女は気丈にも門の中へと足を踏み入れた。    「どういうことかな」  アイツが考えこみながら言った。  アイツにわからないことが僕にわかるわけがない。  その時、アイツの影から、赤と黒が元気よく飛び出した。     「うてはらさし」  「かなるさらし」  そう叫んで玄関へ向かう。  可愛い猿とウサギを元にしたぬいぐるみみたいだが・・・。  コイツら二足歩行で歩くからなあ。  「おでむかえはええけど、味見は禁止やからな」  アイツがそのその背中に向かって言いつけた。  この屋敷で消えた人間の問題に赤と黒が関わっていることは間違いないのだ。   コイツら見た目はぬいぐるみみたいに可愛いがめちゃくちゃ肉食なんやで。  しばらくすると、赤と黒の軽い足音に混じり、人間の足音が長い廊下を歩いてくるのがわかった。    「かならはさ」  「りならかは」  ご機嫌な赤と黒の声がする。  「いや、食べさせへんって」  とアイツか小さく呟いたので、赤と黒がろくでもないことを言ってんのだけはわかる。  まあ、言葉はわからんが、大体アイツらが何言ってんのか僕も分かるようにはなってきている。  少女が赤と黒に手を繋がれやってきた。    少女は戸惑いながらも、繋いだ指をペロペロなめる赤と黒を可愛いモノでも見ているようにうっとりしているか、それ、味見されてるだけやからな。  「赤、黒。お部屋でゲームしといで」  アイツがため息をついた。  ゲームは最近長いことやりすぎると禁止されていた赤と黒は喜びの声をあげてアイツの部屋へと二匹で走り去っていく。  赤と黒の走り去る方を不安げに少女は見ていた。  いや、助けてもらったんやからな。  アイツらお前を食べる気やったんやし。  「で?俺になんの用や?」  この屋敷の当主代理、次期当主たるアイツは、偉そうに椅子にふんぞり返り言った。  膝の上に女の子を乗せて抱いてなければ、それなりに恰好がついたかもしれない。  例え、台所の椅子であったとしても。  でも、クスンクスン泣いている、15、6の女の子を膝に乗せてあやしている段階で、もう少女はアイツにひいていた。  分かる。    不健康にやせた身体の、ボサボサの髪で顔まで隠れたような若い男が、泣いてる少女を抱きしめているのだ。  どう見ても犯罪やんけ。  「その子は?」  少女が不安げな目で女の子を見つめながら言った。  「気にすんな。コレは蟲や。人間やない」  アイツは端的に説明した。  「に、人間扱いしてないの?」  少女の顔は蒼白になる。    まあ、そうなるわな。  アイツはこういうところ、頭良いわりにわからないんやね。  「早く用件言えや。頭悪いんか」  人間には全く優しくないアイツはイラつきながら言った。  コイツの基本態度は誰にたいしてもこうなのだ。  一番愛する僕にだって酷いんやからね。      「あなたにこれを渡せって」  少女は片手を差し出した。  ポケットの中の何かを握ってから。    「誰から?」  アイツは鋭く聞いた。  差し出された右手をとることはせず、見つめたままで。  少女は困った顔をした。  言いたくないのだ。    「占い師、か?」  アイツの言葉に少女はさらにうろたえた。  なのでそうだと分かる。  「他に何か?」  アイツは少女の右手を見つめたまま言う。  そこには何かが握られている何か、が。      「返せって・・・返せって・・・お願い、助けて・・・」  少女は突然悲鳴をあげた。    「助けてぇ!!」  少女は右手を開いた。  そこはには何も握られていなかった。  少女は最初から何も握っていなかったのだ。    握るふりをしただけで・・・何故?  「助けてぇ!!」   彼女は絶叫した。  ブチュン  何かが潰れる音がした  少女の右手が弾き飛んだ。   誰も何もしていないのに、彼女の右手は肘から先までかバラバラに弾け飛んだ。   血と肉が飛び散り、アイツと抱きしめている女の子にふりそそいだ。  「いやぁぁぁ!!」   少女の高い声が脳につきささる。  自分の見ているものが信じられないかのように、少女は飛び散った肘の先から吹き出す血を見てる。  見開かれた目に、恐怖と狂気がやどる。  僕はアイツの側に駆け寄る。    何が少女の腕を吹き飛ばしたのか。  それからアイツを守らないと。  でも。  この屋敷の中ではアイツに危害を与えるモノなど入ってこれないはずなのだ。  だがアイツは僕を手で制した。  少女の血を浴びた血まみれの手で。  近寄るな、と。  僕は止まった。  アイツは冷静やった。  命令や。  これは。    血にまみれた長く重い前髪の間から、アイツの目は鋭く絶対し続ける女の子を見つめていた。  「いるんやな、でてこい」   アイツは言った。  もう悲鳴が高くなりすぎて、声がでていないことにも気付かず、それでも叫び声続ける少女に向かって。  吹き出す少女の腕の血がピタリと止まった。  その理由はすぐにわかった。  何かが女子の腕の断面を内部から塞いでいたからだ。    何か・・・血にまみれたそれは少女の内部からゆっくりと押し出されるように、まるでそう、産道から産まれる赤ん坊のように出てきた。  そして黒い長い・・・髪?  少女の腕から人間の頭が生まれてきていた  少女がそれを見て、さらにあげる叫びにはもう音などない。  頭から首まで少女の腕から飛び出し、そこで出てくるのをソレは止めた。  切断された腕の先に生えた首は、カッと目を見開きアイツを睨みつけた。  血にまみれてはいても、それがあのナメクジの顔であることは間違いなかった。    「返セ」  ナメクジ、いや今は腕から生えた顔、なんて呼べばいいんや、は言った。  「ソノコヲ返セ」  顔はアイツを見ていた。  そして、アイツは顔色一つかえず、その顔を睨みつけていた。  「お兄ちゃん・・・」  アイツの腕の中で、アイツと同じように血しぶきをあびたままの女の子はそれでも目覚めず、寝言を言った。  「返さなければ、この女を殺す。腕だけじゃない、全身弾き飛ばして殺す」  顔は、今度は滑らかに話した。  その声は心地よく、もしも人間の腕から生えている首からじゃなければ、「ええ声やな」と思ったかもしれない。  「・・・・・・お前、こんなこと長く続かへんぞ。人間が蟲を使うなんて無理や」  アイツは静かな声で言った。  なんでかだか、その声には同情するような響きがあった。  「お前の知ったことではない」  顔は言った。  腕の持ち主である少女はフラフラになりながらも立っていた。  自分の腕が突然飛び散ったことも、そこから首が生えたことも、まだ認められないんやろう。  その目は虚ろになっていた。  「どうする?この女を殺すのか?反対側の腕も吹き飛ばそうか?」  顔は静かに聞いた。  僕はアイツが拒否すると思った。  だってアイツが大好きな蟲をみすみす引き渡すとは思わなかったから。  「わかった。言うことを聞く」  アイツは頷いた。    「えっ、渡すの?」  僕は思わず言う。  少女が全身弾けて死んででも、蟲を手放さないと思ってた。  「当たり前やろ!!怪異が人間殺すのはしゃあないけどな、人間が人間を殺すのを見逃すわけがないやろ!!」  アイツがおこる。  「意外やな」  狐も思わずと言ったように呟いたからアイツがさらに怒る。  「お前ら俺をなんやと思ってるんや!!」  そう怒鳴りながらも、アイツはそっと優しく床に女の子を置いた。  女の子は安らかな寝息をたてて眠っている  涙の筋を顔につけたまま。    顔は女の子にむかって愛しげに微笑んだ。  人間の腕の先から生えている顔にしては有り得ないほど優しい笑顔やった。  「   」  優しい声が名前を呼んだ。  おそらく、床に眠る女の子と同じ姿をした誰かの名前を。  その声はあまりに甘く優しくて、そう名前そのものが愛の言葉なんだってことを思いださせた。  僕がイカせる時に何度もアイツの名前を呼ぶように。  女の子は目を開けた。  そして、【人間の腕の先にある顔】なんてもんにむかって、微笑んだ。  まあ、驚かないのはわかってた。  蟲やし。  人間に見えても、この子、蟲の塊やし。   でもその顔の無防備さと、溶けるような笑みに胸をつかれた。  アイツが寝ぼけた時に見せる微笑みに似ていた。  夢だと思って、心の底から僕に微笑むことに怯えないアイツの笑顔に。    「・・・お兄ちゃん」  女の子は顔に向かって腕を伸ばした。    顔は笑った。  それは僕の表情に似ていたかもしれない。  無防備なアイツの微笑みを見た時の。  それでわかった。  この顔は・・・なんでもするのだ。  この女の子の姿をした蟲のためになら、何でも。  「・・・こんなこと、長く続かへんぞ。遅かれ早かれダメになる。お前の身体がイカれるか、この子がダメになるかだ」  アイツはどこか苦しそうな声で言った。  「それはお前の知ったことじゃない」  顔は冷静に言った。  「この家を出る許可を私に与えろ」  顔は言った。  アイツは顔をひきつらせた。  アイツは命令されるのに慣れていないのだ。  僕でさえ「お願い」しかしてないのに。  それも、夜だけやぞ。  なんでも聞いてくれるけどや。  「当主として許可を与える」  ひきつりながらもでもアイツは言った。    少女の中に入ってここへ侵入できても、アイツの許可がなければこの屋敷を出ることができないのだが、これで顔は出て行くことができる。  でもどうやって?    腕から先が当たり前のように会話しているのを少女はカタカタと震えながら見ていた。  もう気絶するだろう。  じゃあ、どうやって出て行く。  ボタン  少女の腕から先にある首が、まるで落花するかのように落ちた。  その首を、床に寝ていた女の子が当たり前のように抱き留めた。  少女の腕はまた勢いよくまた血を吹き出す。  少女はとうとう気絶した。  血を吹き出しながら倒れこむ。  「紐かなんかしばるもん持って来い!!」  アイツが僕にむかって叫ぶ。  少女の腕の付け根を圧迫しながら。  狐は救急車を携帯で要請している。  僕は慌てて縛るものを探しにむかう。  その中で、女の子が笑いながら首を抱えて玄関へとむかうのが見えた。  首と女の子は笑いあっていた。  「そんな邪法の先には破滅しかないぞ!!」  アイツは腕を押さえ血を止めながら叫ぶ。  首はそんな言葉にさえ軽く笑っただけだった。  生きた首を抱えて歩く女の子はとても幸せそうに見えた。  首もまた。  

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