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第18話 やってきたところ

 暗い階段を下りてその店に彼女はついた。  看板さえないその扉を彼女は叩いた。  古めかしいノッカーだけがあったからだ。  昔の映画に出てくるような獅子のような化け物の顔を模したノッカーで、ドアをノックする。  返事はない。  だけど、扉は開いた。  まるで、そのノックでひらいたかのように。  そこに立っていたのはびしょ濡れの、そして全裸の男だった。  悲鳴を上げるまえに引きずり込まれた。  その男は信じられない程美しかったけれど、それよりもその狂気の方に圧倒された。  「お前は誰だ」  両手を掴んで床の上に押し倒されたまま言われた。  長い髪から雫が顔にかかる。  その水の匂いは泥臭くかった。  水草の腐った匂いに似ていた。  姉の部屋にあった、面倒見られることなく腐った水槽のような。  でも、男の肌は白く、髪は黒く、美しい目は闇のようで、唇の赤さに吸い寄せられるようだった。  裸の男の胸にある淡い色の乳首に思わず目がいった。  男の身体に欲情をそんな風に感じたのは初めてだった。  この男の身体を愛撫したいと思ってしまった。  撫でまわし、舐めたいと。  乳首を舐め、かみ、へそに舌を入れたいと思った。  性器まで見つめてしまう。  男のそれを見たことがなかったわけではない。  彼氏がいたからだ。  だが男の性器を美しいと思ったのは初めてだった。    何も言えず、ただ彼女は男を見つめるだけだった。  美しい男、濁った水底から来たような男を。  ちょうど水底にあの蟲の女の子が落ちたと思って探した後、いないことがわかり、店に戻ったところだったのだろう。  「お前は誰だ」  狂気は切れ長の黒い瞳から溢れ出していた。  ガラスのように光が乱反射する。  そして、そのまま唇を塞がれた。  熱い舌が潜りこんできた。  舌を擦られ、思わず呻く。  「すごいキスやった。キスだけでイカされた」  彼女は淡々と言った。  舌は独立した生き物のようにうねり、口の中をあますことなく蹂躙した。  口蓋に感じる場所があること、喉奥近くまで舐められ、そこでは身体が震えることを教えられた。  彼女は怯えた。  快感は恐怖とセットだった。  そして・・・。  キスだけで、ぐったりとさせられた次の瞬間、長いとおもった舌はさらに伸びて、喉の奥に達して、そこからさらに上に上がっていったからた。  鼻の方へ。  到底、人間の舌はそんなことはできない。  出来ないはずなのに。  鼻の奥にたどり着いた舌は、鋭く尖り、そこから脳へと侵入していくのが、彼女には解ったという。  「アイツの舌は、あたしの脳に届いたんや。そんなこと有り得ないけど、でもそうやったんや」  彼女の声は平坦だった。  脳を舐められた。  感触はないのにそれかわかった。  そして、それは凄まじい快感を与えてくれた。  いいっ  いいっ  彼女喉の奥で叫び続けた。  口から脳にまで舌を送り込まれながら、脳で直接快楽を感じた。  脳に舌が刺さった。  アソコを穿たれるより深い快楽があった。  脳は身体の全てを支配しているのだと教えられた。    女でありながら射精したのだと思った。  無いはずの男性器が勃起しているのを感じた。  そして、何かが身体の中から溢れ出すような快感におそわれたから。  ビクン  ビクン  身体は何度も何度も痙攣した。  「アイツはあたしの脳を支配してたんや」  彼女はそれを恐ろしいこととして話した。  そして、脳を堪能された。  舌は細い針のようになり、突き刺し、脳を這い回った。  その度に彼女はイッた。  涙を流し、歓喜し、激怒し、悲しみ、笑い・・・全ての感情を引きずりだされながら。  「お前はあの女の娘か」  それが終わった後、占い師はようやく塞いでいた唇から舌を引き抜き言った。  記憶さえ舐めとられたのだと知った。  「あの女はお前のことを考えていた。死んだ娘をお前のために殺したから。お前のために不要な娘を殺したから。だから、お前は殺さないでやろう・・・だが、お前の身体を借りる」  美しい男は長すぎる舌を胸に垂らしながら言った。  舌は縮み、人間のものへと戻っていく。    「だが覚えておけ。お前のために誰かの命が捧げられたことを。お前の存在が誰かを殺す理由になったのだということを」  美しい男は激しい憎しみを隠そうともしないで言った。  「お前の幸せのためには殺す必要があると思われた命があったことを」  彼女は占い師の言葉を涙を流しながら繰り返した。  何故かそれを聞くアイツの身体が小さく震えたのを僕は見逃さなかった。  彼女は泣きながら話続けた。  そして、また再び唇が塞がれたことを。  そして、口の中を散々弄ばれた。  服一枚脱がされず、身体をなで回されることさえないまま、少女は下着がぐしょぐしょに濡らし、身体を何度も痙攣させ、イったのだと。  それを恐怖体験として彼女は語った。  あの快楽は恐怖でしかなかったのだ。  彼女には。  熱く長くいやらしい舌は快楽を恐怖として彼女に刻み込んだ。    そして、本当に恐ろしかったのは・・・。  後、舌がまた伸びていき、今度は体内へと潜っていったことを。  「信じられる?舌だけじゃなかった。今度は舌だけじゃなかった。あたしに入ってきたんは、舌なんかじゃなかった!!」  彼女は絶叫した。  彼女は深く入ってくる、どこまでも伸び続けるそれに恐怖を感じて目を開けた。  喉を塞がれているから、その時彼女は悲鳴をあげることなんかできなかった。  ヌメヌメしたナメクジのようになった頭部が細く長く引き伸ばされながら、自分の口の中から自分の胎内に入ってくるのを彼女は見た。  首から下は彫像のように美しい男の身体なのに、  頭部はベージュ色のぬめりに光るゴムのよう。  そのナメクジのような頭部は、ほどけた紐のように長くなり、彼女の身体の中へと蠢き入っていった。  彼女は頭部を全て飲み込んだ。  彼女の身体の上で、頭部を失った男の身体はそれでも暖かかった。  そんな目にあいながらも、いやそんな目にあっているからこそなのか、彼女はその首を失った男の身体に劣情を抱いたのだと、恐怖の表情を浮かべたまま彼女は言った。  彼女の濡れた股間に、服の上から硬くて熱い男の股間が当たっていた。  彼女はそれを欲しいと思った。  「あたしは・・・その首のない身体とセックスした、自分から跨がったんや!!」  彼女は怯えた声で言う。  首のない、でも熱い肌をしたその身体を彼女は自分ごとひっくり返した。  真っ白な男の身体は信じられないほど綺麗で、熱かった。  熱くて白い肌を思わず撫でまわしていた。  その手触りに頭が痺れた。  思わず舐めて、その肌の甘さに陶酔した。  思わず男の胸の乳首にキスをしていた。  そして、甘くその乳首を噛み、その感触に酔いしれた。  そんな風に男の身体を愛したことはなかったのに。  そして、履いていたズボンと濡れた下着を引き下ろし、自分から跨がったのだ。  首のない身体は動くことはなかったが、その身体の勃起したそこは彼女の中で射精したし、彼女は怯えながらもう濡れきったそこでそれを受け入れた。  彼氏としてきたセックスなどとは比べものにならない快楽は恐怖でしかなかったけれど。  自ら腰をふり、声をあげ、射精される瞬間に乱れきった。  「そしてセックスが終わったら、頭の中から声がして・・・言われるままに行ったんがあの家やった。そしてあんたの目の前で右手がぶっ飛んだ。そして、あたしん中からあの男の首が出てきた」  彼女は震えていた。  ずっと。  実際に見てなかったら絶対に信じられない話だった。  化け物の存在を認めざるを得ない僕でさえ。  「あれは何、何なん!!」  彼女の絶叫は、僕の思いと一緒だった。  あれはあの男は何なんや!!  「あの男はな、蟲飼いや。・・・まだおったとは思わんかったけどな」  アイツの熱のない声がした。  つめたい、温度のない声だった。  「蟲飼い?」  彼女が聞き返す。    何それ。  僕も思う。    「蟲を飼うて利用しよる奴らや」  アイツは言った。  声の平坦さとは違い、長い前髪の間から見える目は燃えるようで、怒っているのが僕にはわかった。  「俺らが【蟲】と呼んでる怪異を飼って利用しようとしてきた連中はおった。大体において失敗して滅んできたけどな。でも、まだおったとはな。でももうコイツも滅びる。滅びた理由は全部同じや。飼うために人間の身体を蟲に与え続けていくからや。体内に蟲を寄生させてな」  アイツは目を閉じて脳内にあるデータを呼び出す。  「俺の爺さんが60年前、  県の  村でそんな連中の起こした事件を扱った。爺さんの予想ではソイツらはすぐに滅んで蟲は山に還るはずやった。だから俺ももういないと思ってた。確実に滅んでるはずやった。思いの外もったんやろ。でも、もう村は滅んでるはずや。あの男が滅ぼしてるはずや」  アイツの言葉に狐はあわてて電話をかけていた。  その村について調べろと部下に。  「無駄や。滅んでる。ちょっと時間はかかったけどな、爺さんの予測は絶対に外れない。あの男が滅ぼしたんや。一人も残してないやろ。そして、その理由も分かったし、あの男が何をしているのかも分かった」  アイツは言った。  「『お兄ちゃん』と蟲があの男を呼んでいた。あれが本当に妹なんかは分からんが、あの男にとって大切な存在やったんやろ。その妹を村の連中は蟲に捧げたんやろ。蟲を利用するために。分蜂の時の巣箱にするために。だからあの男は・・・使ってはいけない蟲を使って、その身を蟲に与えて村を滅ぼしたんや。そして、今、自分も滅びようとしている」  アイツが悲しい目をしている、と思ったのは僕の勘違いだったのだろうか。    

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