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第20話 生け贄

 じゅすな様の様子がおかしくなった。  世話するあの子が泣いていた。  もちろん、青年の事ではない。  蟲部屋のじゅすな様だ。  青年と同じ名で呼ばれる蟲達はいつものようにウサギの死体を皮を剥いて与えても反応しない。  村に言って、どこかから引き取り手のない死体を手にいれて、与えても反応しない。  人間を一番好むのに。    蠢くことさえなく、部屋で固まっている。  じゅすな様を大切に世話してきたあの子は心配し過ぎて泣いている。  部屋の温度、湿度、何の問題もない。  青年の呼びかけにさえじゅすな様は応えない。  青年自身、身体が弱っていることを感じていた。  自分の中のじゅすな様が弱っていると。  じゅすな様のために、初めて自分から望んで男や女を求めた。  特例のため、儀式ではないのに複数の男女を集めて性交した。  じゅすな様のためにすることは何でも許される。  屋敷で、青年は女を貫きながら、後ろから犯され、口に精を注ぎこまれた。  村人達は儀式ではない性交に狂った。    ただ、村人たちは倫理は守った。  犯して良いのは青年のみ、という倫理は。  乱暴に髪を掴んで喉を犯した。        尻を掴んで奥まで抉られた。  女は青年のものを膣で咥えこみ、よがりながら青年の胸を吸い噛んだ。  注ぎ、注がれ、男の女の精気を取り込んだはずなのに、青年の中のじゅすな様は力を失ったまま。  じゅすな様は一匹だけてじゅすな様なのではない。  蟲部屋の群れと青年の中の女王と、青年をも含めて・・・それでこそじゅすな様なのだ。  分蜂なのだ、と宮様が言った。  代々じゅすな様に使える女性を宮様と村人たちは呼んでいた。  「じゅすな様の代替わりです・・・じゅすな様の新しい女王がお生まれになります。60年に一度のことです」  綺麗な標準語で宮様は言った。  この初老の女が青年と少女に教育を施してきたのだ。  もっとも村人の多くが綺麗な標準語を話すことができる。  村は常に若者達を外で教育させてきた成果だ。  村は子供達の教育に熱心だ。  都会で高等教育も受けさせている。  若者達はほぼ、村に帰ってくる。   村は豊かであり、都会の汚さはなく、あくせく働く必要もない。  行きたければ都会にもいけるのだし。  村は視ることを生業とし、その結果、権力すら持っていた。  権力も金もある村を捨てる理由はない。  そして、成人しさえすれば・・・美しいじゅすな様を使えるのだ。  じゅすな様で得られる快楽は外の世界にはない。  そして、儀式を得て、不思議な力も得られる。  それは視ることだったり、感じることだったりするが、村人達は自分達が人を超えるものであると確信していた。    選ばれし者達の村なのだ、と村人達は自分達をそう信じていた。  全てはじゅすな様あってのことだけれど。  「新しい女王を挿れなければなりません。60年に一度の儀式が必要です」  宮様は言った。  また儀式か。   青年は閉口したが仕方ないと諦めた。  まだ10にもならない身体で、大勢と交わらされた時から、儀式については諦めている。  儀式が終わればしばらくは夜も昼もずっとあの子といられるのだし。  女王を挿れる、か。  青年は思い出す。  最初の儀式で挿れられた。    薄い白い一重を着せられ屋敷の広間に連れて行かれた。  まだ華奢な身体で、細い手足は棒のようだった。  板張り広間の真ん中で服を脱がされた。  村人が見守る中で床の上に這いつくばいにされた。  「たかみたかみところ、いやしいやしみ」  4人の男が文言を唱えながら真裸で近づいてきたのに恐怖を覚えた。  男達の股間がいきり立っていたからだ。    逃げだそうとして、引き倒された。   抑えつけられ、文言のびびく中、油をそそがれ、指で広げられ、性器をしごかれ、身体を高められた。  8本の手が、4つの唇が、4つの舌が身体の至る所を弄り倒した。  初めての精通をそこで覚えさせられた。  泣いても喚いても許して貰えなかった。  少年の薄い身体を村人達はしゃぶり尽くした。  嫌だ  嫌だ  と泣いても小さな尻に挿入することも、細い喉を犯すことも男達はやめなかった。    丁寧に扱われはしたが、奥まで犯された。  文言を唱えながら、男達は交代で深くまで入り込み、一番奥で精を放った。  許して下さい  許して下さい  ごめんなさい  あの日だけ必死で謝った。  許しを請うた。  咥えさせられる性器を必死でしゃぶった。  止めてもらうために。  でも、許されることさえなかった。  諦めることを最後に学んだ。  自分が何なのかをおもいしらされて。  散々犯された後、泣き叫ぶ気力すらなくなった身体を押し広げられ、精液が零れる後穴にそれを挿れられた。  緑色に輝く宝石のような、滑らかな石。  女王がその中に石化して入っているのだと。  血が滲むそこに、精液があふれるそこに、それを挿れられた時、もう抵抗する気力すら無かったことを覚えている。  ボロボロになって寝床に連れていかれた。  そんな自分を布団の中で抱きしめて泣いてくれた、幼いあの子だけが清らかだった。  酷く痛めつけられたはずなのに、数日で傷は癒えた。  じゅすな様がお身体に宿られたのだと、と言われた。  「あなたはこれでじゅすな様です」  そう告げたのは、今目の前にいる宮様だった。    またアレを挿れるのか。  大した感慨もなく青年はそう思った  儀式は死んだじゅすな様を取り出すところから始まった。  宮様との交合からだった。  初老を迎えても、まだ滑らかさな肌を保つ宮様が、女達によって咥えられ勃起させられた青年のそこに跨がった。  宮様の白髪混じりの長い髪が揺れた。  青年は慣れた仕草で腰を揺らす。  豊かなまだ張りのある胸が揺れた。  宮様が喘いだ。  宮様は儀式以外では青年を使わない数少ない人間だった。  ほかの誰もが青年を快楽のために使うのに。    宮様は先代のじゅすな様に仕えていたのだと誰かから効いた。  青年の前のじゅすな様。  どんな方だったのか、誰も話さない。  死んだじゅすな様について話すことは禁じられているかのように。  「つちほしやつれ、かぜなきよるに、たかみにたかみにあるをみる、つちほしやつれ、かぜなきよるに、たかみにたかみにあるをみる」  宮様の文言は他の者達とは違うのだ。  まだ繋がったまま、宮様は文言を唱える。  誰かが小刀を渡した。  宮様は身体を揺すりながらそれをうけとった。  青年と宮様は冴え冴えとした性交を行う。  どちらにもそれは儀式でしかない。  ゆっくりと交わった後、宮様は跨がり繋がったままの青年にむかって、小刀を振り下ろした。  腹に向かって。  青年は抵抗することなくそれを受け入れた。    腹が縦に切り裂かれた。  血が零れるように溢れていく。  青年は顔を歪めはしたが悲鳴をあげなかった。  宮様は白い、でも筋張った指を腹に差し込んだ。      「つちほしやつれ、かぜなきよるに、たかみにたかみにあるをみる、つちほしやつれ、かぜなきよるに、たかみにたかみにあるをみる」  宮様の声が響く。  村人達は全裸のまま、青年と宮様を取り囲みながらそれを見ている。  ボコボコと血を吹き出す腹の切り口から、宮様が臓器の隙間からそれを取り出した。  手の平に乗る程の大きな・・・青年の血にまみれた絹のような光沢の皮を持つ、脚のない幼虫、に見えるそれ。  宮様はそれを自分の裸の胸にかき抱いた。  もう、それは死んでいるかのように見えたが、時折わずかに蠢いた。  宮様の口から文言が止んだ。  宮様の整ってはいても、厳しげで、年齢相応な顔が、幼女のように歪んだ。  宝物を持つ童女のようにそれを胸に押し当て、宮様の白い頬に涙が伝った。  「・・・お兄ちゃん」  宮様が漏らした言葉は切ない声でできていた。  苦痛の中青年は宮様にも自分達と同じように名前がないことに気付く。  宮様は前のじゅすな様に仕えていた、という話も。  宮様と儀式の時に交わる時、宮様だけは時折、何かを思い出すような目をしていたこと。  宮様だけは、快楽ではないものを負っていた。  青年の身体を自分の中に入れて。  そして、宮様は自分達と同じように、標準語しか話さなかった。  何かが何かが、繋がっていく。  「あたしの中にいて・・・今度こそ」  宮様は胸にかきいだいていたそれを、喰った。  その、微かに蠢く虫を青年の血がしたたるそれを・・・喰った    その時、悲鳴のような音が聞こえた気がした。  その声を青年は聞き逃すはずかなかった。  青年しか聞かない声。  青年にだけに向けられる声。  あの子の声。  「   !!」  青年は秘密の名前を叫んだ。  あの子に与えた名前。  二人だけの時にだけ使われる名前。  秘密の名前を!!  腹を引き裂かれ、宮様にのしかかられ、うごけなかったからこそ。  「あの子は幸せ。残される方じゃなかったから。あの子は今回は先に死ぬ側だった。私のお兄ちゃんと同じで。あなたに挿れたじゅすな様を、私は前のじゅすな様の腹を切って取り出したの。だからこれは私のもの。お兄ちゃんの中にずっといた、私のじゅすな様」  じゅすな様を咀嚼し、血を口から滴らせながら宮様は言った。  青年は立ち上がろうとした。  宮様を押しのけて。  でも溢れ出す血のせいか、力が入らない。  「新しいじゅすな様はあの子の中で育っていたの。あなたはあの子をその身体に入れる。ずっと一緒なのよ」  宮様は血に汚れた唇で、青年の胸にキスをした。  甘く乳首を吸われ、有り得ないことに青年は甘く喘いだ。  腹を割かれ、大事なあの子の悲鳴が聞こえたのに。  そんな自分に驚いた。  「仕方ないの。あなたは淫らになるように育てたから。どんな時でも感じる。愛する人が殺されるその時でさえ、その身体は甘く乱れるの。あなたのせいではないの」  宮様の声は優しかった。  宮様はまだ繋がったままだったそこを揺すった。  豊かな尻を淫らにゆらして。  青年のそこは堅くなる。  その動きに反応して。  「あの子に何をした!!」  泣き叫ぶ、なのに腰は自分から動いていた快楽を貪るように。  「あの子は幸せ。残される側じゃないから。可哀想なのはあなた」  豊かな胸にはまだ張りがあり、それを揺らし、背をそらし、淫らに宮様も快楽を貪る。  「あの子を抱かなかったのね。・・・抱いてあげれば良かったのに。私はお兄ちゃんとしてたのに」  宮様は激しく動き始めた。    「あの子に何をした!!」  青年は叫ぶ。  でも腰は動き、身体は快楽を貪る。  腹を割かれても、大切な人に何かあったというのに、この身体は快楽を求めずにはいられない。  「苦しまないで。あなたはそうなるしかなかったの」  責めるように締め付け、絞り、動かれるのに、宮様の声だけは優しい。  憎かった。   殺したかった。  ここにいる全ての人間が。  何ものぞまなかった。  なんでも従った。  何にだって耐えた。  あの子がいれば良かった。   あの子の他になにもいらなかった。  あの子に何を。  何を?  何を?  それでも快楽を。  腹が裂け、血が命が溢れ出していくのに快楽を。  死にたい。  死にたい。  そんな浅ましい自分を嫌悪した。    宮様の中は熱く、蠢き、溶かすように気持ちよかった。  命が流れだし、愛する者を失う恐怖に襲われているのに気持ちよかった。  「イきなさい」  宮様が言い、青年は宮様の中に放った。  青年は意識を失っていく。  ダメだ。  あの子が・・・。  あの子を・・・。  「あの子の中にいたじゅすな様があなたに宿るの。あの子の記憶をすべてもつれじゅすな様はあの子でもあるのよ」  優しい声で宮様が言ったのが最後に聞こえた。  後は何も覚えていない  青年は目を覚ます。  割かれたはずの腹は治っていた。  それは新しいじゅすな様をこの身体に挿れた証拠だった。  跳ね起き、名前を叫ぶ。  二人だけの時にしか呼ばなかった名前を。  泣きながら走る。  屋敷の扉という扉を開ける。  いない。  どこにもいない。  嫌だ。  嫌だ。  あの子しかいない。  あの子しかいらない。  泣き叫ぶ声に応える者は誰もいない。    とうとうその部屋の扉を開く。  暖かな、湿度の高いその部屋を。  あの子が大切に育てていたじゅすな様の部屋。  じゅすな様は今蘇り、蠢いていた。  本来は群れになっては生きないのだと聞いていた。  だから条件を整えてやらなければならないのだと。  人為的に群れにして、人の対内に女王のじゅすな様の脚をとって挿れるのだと。  じゅすな様のほとんどは脚がない青虫のような形状をしているが、女王には脚があり、本来なら女王だけは生き物寄生せず、樹木や土中に眠り、60年に一度の繁殖期にだけ外界にあらわれる。  その脚をもぎ、眠らせず人間の体内で育成する。  それが、じゅすな様を群生にする条件の一つだったのだ。  じゅすな様達は古い女王が死に、新しい女王が生まれたために、また活動を再開していた。  蠢いていた。  小さな山を作って。  その山の先から何かが見えた。  柔らかい明るい髪。  その髪を知っていた。  毎晩ブラシで解かし、朝には綺麗に結んでいたのは自分だ。  悲鳴を上げて、じゅすな様の中に飛び込む。  じゅすな様達は見かけ以上に素早く動き、青年の足に踏みつぶされることを避けた。    だから、海が割れるみたいに蟲達は青年の行く手を開いて・・・青年はそれを見ることができた。  皮だけになった、中身を食い尽くされた、あの子がそこにいた。  ペラペラとした人間の皮は、笑えない冗談のようだった。  やさしい明るい目も、綺麗な白い歯も喰われてしまっていた。  でも指には爪があり、腕や脚には柔らかな産毛が生えていた。  折重なりクシャクシャになった、人間の皮。  髪よりは濃い色の陰毛さえ見えた。      じゅすな様を取り出してからこうなったのか、じゅすな様を入れたままこうされたのかわからない。  わかったことは、毎日毎日愛情こめて世話していたじゅすな様にあの子が食われたことだけだった。  あの子が毎日捧げた活き餌のように。  あの子が毎日与えたウサギのように。  餌の印を与えたならじゅすな様はそれを喰らいつくす。  あの子は喰われた。  食い尽くされた。  餌として。  体内にじゅすな様がいたならば、何をされたとしても身体は回復する。  だが青年の身体の中にいるじゅすな様は死んでしまった。  あの子の身体の中にいたじゅすな様は今、この身体の中にいる。  あの子は。  あの子は。  新しいじゅすな様が青年の身体に入るまでの容器としてだけ育てられていたのだ。  容器としての役割を終えたから・・・殺された。  青年は皮を拾い上げ抱きしめ悲鳴を上げた。  もうこれだけしか残っていない愛しい人を抱きしめながら。

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