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第23話 奪還

 「で、どうすんの?」    僕は聞く。  「なんも難しいことあらへん。女の子の形状取ってる蟲をこのビルから連れ帰るだけや」  アイツは簡単に言った。  「あの男は人から精気をもらえなくなったなら中から喰われて死ぬ。ようもっとるわ、あんなもん半分死人や。精気とれんようにしたらそれで終わりやけどな。女の子の方も、生きてる餌を貰えんかったらすぐ蟲にもどるし、占い師が死んだなら女王をつなぎとめておけないからもう、群生はしない。バラバラになってしまうから終わりや。生きてる人を襲ったりはせんなるわ」  アイツの言葉に首を捻る。    「蟲自体は殺さんでええん?そんなんでええん?」  僕にはわからん。  それはいいん?  「まあ、沢山死ぬやろな。俺のやり方が上手くいけば。可哀想やけどなぁ・・・でも自然の摂理や仕方ない・・・」  アイツは悲しそうに言った。  ああ、蟲の方を気にかけてはるんですか。  そうやね。  お前の場合はそうやね。  人間よりそっちですね。  「ホントに難しくないの?」  僕はもいちど確認した。  だって僕達が向かいの焼き肉屋から見ているその忍び込み、占い師と女の子を拉致する建物には「  組」って看板がかかってるんやもの。  「侵入して連れ出す、入って出てくるだけや何が難しいねん」  アイツは鼻で笑った。  「わかった」  僕は頷いた。  コイツが言うならそうなんやろ。  「ホルモン追加で!!ユッケと塩タンも!!」  僕は店員に叫ぶ。  「ちょっと遠慮せぇや・・・」  狐がブツブツ行っていた。  僕らは狐のおごりで焼き肉屋で焼き肉を食べながら作戦会議を始めていたのだった。    「警察なんやろ、捕まえたらいいやん。そこにおるん知ってたなら」  僕は狐に言う。  ガンガン食う。   アイツの作ってくれるもんは美味しいし大好きだけど、焼き肉ってやっぱり別腹やん?  「アソコに手を出すのはややこしいんや。上の方がうるさい」  狐がため息をつく。    「何でや、最初はえらいさんの息子がころされてうるさい言うてたやないか」  僕は聞く。   またご飯のお代わりと肉を頼む。  「アソコが絡むともっと上の方がややこしいんや。色々接待されてるって聞くしな。警察としておもてだって動くわけにはいかんな」  狐は肉を頬張る僕を恨めしげにみていた。  ここは全部狐のポケットマネーということだそうだ。  知らんし。  食うし。  アイツは全くたべなかった。  アイツは自分が作ったもん以外は、僕が作ったものを除いて食べない。  僕のは僕が愛されてるから、食べてくれる。  えへへ  「何笑てんねん、キモイな」  アイツは眉をひそめる。  アイツは食べないけど箸は持ってる。  なぜならなら、自分の影に肉をヒョイヒョイと放りこんでいるからだ。  座布団に落ちたアイツの影に生肉が落ちると、生肉は吸い込まれるように消えていく。   影の中で赤と黒が食べているのだ  僕らは座敷に座ってた。  すぐそこの窓にそのビルがみえる。  4階建ての小さなビルだ。  でもこのどこに占い師がいるのかもわからない。  ヤクザさんが警戒してるやろし・・・どうすんの?    「それで?ナメクジになるやん、どうすんの?」  僕は聞く。  侵入自体はドアなどなくても黒がいる。赤の幻覚もある。   確かに難しくない。  だけど、占い師がナメクジモードになったらどうすんの。   あんな化け物ムリやから、屋敷まで逃げたんやん。    まさか、白?  アイツの影に住む怪異。  白はどんなものでも吸い込む穴を顔を持つ。  アイツの最強のボディーガードだが、アイツの精液を対価に求めるから、絶対にダメだ。  僕は白にアソコを包まれてすわれてるアイツの姿をおもいだすだけで、世界を滅ぼせる気がしてる。    白には単なる栄養補給なのはわかっているのだが、白の顔は穴しかないのはわかっているんだけど、あの穴が・・・アイツのんを・・・。  ブチ切れそうだ。  「白はあかんからな」  僕は唸る。   白使うんやったらアイツが白を使わせんようにする。  ここのトイレにでも連れ込んで、動けなくなるまで犯す。    そんなんしたないけど、アイツと白のあんな姿なんか見たない。  「使わへんわ」  アイツが言い切ったので安心する。     「ならどうするんや?オレは入らへんぞ、警察官が不法侵入は出来へんしな。君らはまあ、何かあっても殺されへん限りは捕まっても何とかしてやるけどな。まだ未成年やし」  焼き肉だけで未成年に危険な仕事をさせようとしている狐がヌケヌケと言った。  自分は何もしないつもりやでコイツ。  「ちゃんと対策は考えてる。それに俺かてそれなりに警察には顔がきくんや。俺の家をなんや思てんねん。ちゃんと怪異をあるべき姿に戻したら、誰にも何も言わさへんし、俺は失敗せん」  アイツはその対策については教えてくれなかった。  でも僕を連れていく。     それって僕を信じてくれてるんやということや。  それで僕は十分。  アイツの為にはなんでもするで。  騒ぎをおこせ。  それが狐にアイツが指示した唯一の指示だった。  まあ、今からカチコミかける事務所の前で作戦会議するバカはいないやろ。  作戦は全部アイツの頭の中にだけ。  店を出た僕とアイツは少し離れた場所でスマホをいじりながら話すふりをする。  支払いをしてる狐が出てくるのを待ってるフリを。  狐は、泣きながら支払いをしているはずだ。  僕はしっかり食うたし、赤と黒もこれから働くご褒美に肉をたっぷり頂いた。  アイツは水しか飲まなかった。  ホンマに外では何も喰わへねん。  狐が出てきた。  むちゃくちゃ不機嫌や。  演技やないな。  イライラしながら歩き、出てすぐ目の前にある(今は店内禁煙やからな)、スタンドタイプの灰皿を蹴飛ばした。    狐の蹴りは見事だった。  灰皿は思い切りよく飛んでいった。  小さい車道を隔てたヤクザのビルまで。  そして、正面玄関のガラスに思い切りよくブチ当たった。  音が響き渡った。  ガラスが白くヒビ割れ、灰皿の中身と茶色の水が飛び散り、コンクリート灰皿の金属音が跳ねる。  さすがにドアは強化ガラスでヒビが入っただけだったんやけど。  そこからは早かった。  ヤクザはやはりちゃんといざという時に備えてあるわ。  あっという間に玄関から、何人もが飛び出して来た。    蜂の巣から怒った蜂が飛び出してくるみたいやった。  狐はかっこつけようとは全くしなかった。  清々しいまでの必死さで走り出す。  「まてやぁ!!」  「ゴラァ!!」  「殺すぞ!!」  蜂の攻撃音みたいに怒号がひびき、大群が狐を追いかけていく。  蜂や。蜂の群や。  子供の頃、スズメ蜂の巣をイタズラして追いかけてられたん思い出した。  全身腫れ上がったんやった。    「意外と速いな」  僕は感心した。  狐はヤクザ達を引き連れていく。  蜂の群に追いかけられる獣みたいに。  「今のうちや、行くぞ」  アイツが言った。  「あなからなや」  アイツは影の中の黒に言う。  裏の通りからビルの壁に手をつきながら。  狐を追いかけて人手が少なくなっているし、入り口や窓を警戒しているから、裏から侵入がしやすいとアイツは考えたんだろう。  もちろんなんも説明してくれてないんやけどね。  それは通常運転。     壁の中にアイツが消えていく。   黒が物質を変化させたのだ。  僕も慌ててその後を追う。  出た途端に、はい失敗!!  メチャクチャ事務所の真ん中でした。  そら、そうやね。  何にも調べんで、侵入してるんやもんね。  デスクが並ぶ意外と一般の会社と変わらない事務所だった。  そこに、狐を追いかけていった以外の残りの連中、通常業務中のヤクザ屋さん達がおって、壁を通過してきた僕達をポカンと見つめとった。  そら驚くわ。  「えと、どうも」  僕は言うた。  他に何を言えばいいと言うんや!!  「挨拶はいらん」  アイツが言うた。  スタスタと事務所の真ん中を通り過ぎて堂々と出ていこうとするアイツの後をオロオロとついていく僕。  呆然と見つめていたヤクザ達が正気に戻った。  「お前らなんやぁ!!」  怒鳴った。  真っ当な問いだと僕は思った。    「質問があるんはこっちや、あの男と女の子はどこやぁ!!」  アイツが怒鳴り返した。  ええ、そう返すん?  僕はキョロキョロあわあわしてしまう。    全く動じないアイツにヤクザも一瞬怯んだけれど、すぐに気力を取り戻す。  「ふざけんなぁ!!しばくぞガキぃ!!」  腹の底からの声で怒鳴られた。  プロや、と思った。  ヤクザのプロや。  殴るより先に怒鳴ってびびってくれたなら、効率がええことを知ってる。  部屋の人数を確認する。  目の前にいる一人、と後方に3人。  4人か。      プロのヤクザとしてはアイツと僕に怯えて欲しかったのだと思う。  でもアイツは平然としてるし、僕は怒鳴り声くらいではビビらない。  だから、次の手段をとりにきた。  手前にいるヤクザがアイツを殴りにきた。  アイツの顔へヤクザの拳が飛ぶ。  はい、ここからは僕の出番。  アイツは箸より重い物もてないし、50メートルも走れないのだ。  荒事なんか・・・無理だからね。  でも、僕は違う。  アイツにヤクザの拳が届くより先に動いた。  ソイツの鼻に右拳を叩き込んだのだ。  パンチを放つ身体の回転を利用して、次に左拳で肋の骨を折る。  右ストレートからの左ボディ。  基本中の基本や。  声さえ出ないで、うずくまる。   その喉を踏む。  「質問に答えてなぁ。僕、喉の骨踏み折るで?」  僕は言う。  踏んでるヤツにじゃない、後方にいるヤクザ達に向けて言う。  何故なら踏んでるやつはもう意識がないからや。  でもヤクザ達は言わない。  沈黙だけがつづく。  仲間が殺されても平気ではないだろうが、言わない。  なるほど、それなりに上からキツく逃がしたらあかんと言われてるんやなぁ。  この辺は僕も体育会系なのでわかる。  上の命令は絶対やからね。    「言わんかったら殺す」  今度はアイツが淡々と言った。  ええ。   そうなん?  ええ・・・。  僕が殺すん?  嫌やで。  少年院に送られたらお前と会われへんなるやん。  僕は焦った。  「ガキが、やれるもんならやってみろや!!」  ヤクザさんが部屋の端から怒鳴る。    アイツがその言葉にニタリと笑った。  前髪で隠れた顔でも、その笑顔の悪質さはわかった。  あっという間だった。  アイツはポケットからナイフを取り出して、僕が踏んでる男の胸に突き立てた。  そして、引き抜く。  ホンマにあっという間やったんや。  シャワーのように血が吹き出し、アイツはそれを全身に浴びていた。  僕と部屋にいた他のヤクザ達が絶叫した。  「なんでぇ!!!」  「何するんや!!」  「嘘やろ!!」  僕とヤクザ達は仲良く叫んだ。  アイツが誰かを殺すなんて、想定外すぎた。  さらにアイツは・・・男の腕をもいだのだ。  素手で。  肉がちぎれた。  また血が吹き出す。  痩せた青白い顔をした少年、ボサボサの髪で顔を覆った少年が、吹き出す血を浴びて、もいだ片腕を持って立っているのは僕が見ても怖い光景やった。  うわぁぁぁ!!  ギャアああ!!  ギャアああ!1  部屋にいる僕もヤクザも一緒に悲鳴をあげた。  いやぁ  何これぇ!!   ごめんなさいごめんなさい・・・僕は泣き喚いた。  泣き叫ぶ僕に、アイツが軽い蹴りを入れた。  「なんでお前までこわがってんねん」  小さな不機嫌な声でアイツが言った。  ああ、そうか。  これは・・・赤の幻覚か!!  言われてみれば、もう良く知ってるあの血の臭いはしない  箸より重いモノを持てないアイツに、ナイフを人体に刺す力はないに決まってたな。  でも、赤の幻覚はびっくりするほどリアルだった。  「殺されたなかったら言え!!男と女の子はどこや!!」  アイツは怒鳴った。    ホンマ気の強さだけは世界一。  最高や!!   カッコイイ!!  逆上がりもスキップも出来へんけど!!  少年より喧嘩ヨワいけど!!  なかなかの迫力やった。   仲間の僕がめちゃくちゃビビってたのも奴らを信じさせたんやろ、ヤクザ達の顔から血の気が引いていた。   なんせ素手で腕を引きちぎった男やからな。    「この下の部屋に・・・」  誰かがポロリと言った。  「黒!!」  アイツは叫ぶだけで良かった。   黒は物質を変化させる。   僕とアイツは、立っていた床が気体になったから、下の部屋へと落ちていった。

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