26 / 43

第25話始まりの場所

 どれくらい飛んでいたのかわからへん。  意識を失い、また気付いて泣いて、吐いて、また気を失うを繰り返した。  めっちゃご機嫌のアイツの姿は見えた。  「最高や!!」  アイツはとても嬉しそうやった。  蟲姫様の髪がなびく。  鳥が隣りを飛んでいた。  蟲姫様は、人間には見えない。   人間は見ようとはしないから。  でも、僕達のことはみえるはず・・・。  でも、空を飛んでる人間がみえたとしても、どこまでホンマやと思うやろうか  僕の吐いてるゲロだけが現実やろ。  小さな建物や、米粒みたいな車などが見えてん、また吐いた。  蟲姫様にかからんようにすることだけに必死や。  暖かい男の毛深い太い腕に抱きしめられ支えられているのもなんかつらかった。  いや、おかげて落ちへんけどね。  脚が何十本もある蟲姫様の、百足のようなその脚は全て人間の腕なのだ。  それでも、町を離れて・・・山に飛んでるのはわかった。  ここはどこ?  どうしてここに?  何する気や?  僕はまた気絶した。  「着いたぞ」  声がした。  そう声をかけて、蟲姫様の背中(?)、いや、胴体か?にぐつたり倒れかかったままの僕を抱き起こそうとして、起こせないのはアイツやった。   ホンマに腕力ないからね。  蟲姫様のたくさんある腕の中の、ぶっとい男の腕が僕を地面にそっと下ろしてくれた。  「・・・大丈夫か」  アイツが肩から掛けた鞄から、ペットボトルの水をとりだした。  渡す前にハンカチを濡らして、顔を拭いてくれる。    ・・・・・・優しい。  好き。  アイツを抱きしめながら、水を飲む。  ちょっと落ち着いた。    「・・・お前は来んでも・・・」  眉をよせ、そう言いかけるアイツの口を手の平で塞いで、言わせない。  「僕はお前から離れん」  それだけは絶対や。  僕から離れる位なら閉じ込める。  繋ぐ。  縛る。  出さへん。  そして、それを口に出さへん程度には僕は賢くなってる。  「・・・お前は・・・なんで・・・そんなん言うん・・・」  ちょっとアイツが腕の中で震えてる。  「そんなん・・・俺、勘違いしてまうやん・・・好かれてるて思うてまうやん・・・」  泣きそうな声。  勘違いも何も、事実以外の何物でもないんやけど、このひねくれまくった可愛い恋人は、僕に愛されているという事実を絶対に認めようとはしないんやね。  もう何回言うても信じへんからね。  「好きやで。愛してるで。お前だけやで」  僕はそれでも何回でも言う。  高所恐怖症でゲロや吐いた後で、格好つけようもないけど。    「そう、思おうとしてくれてんの・・・嬉しいのんけどな・・・」  アイツが溜息をつく。  お前の中で僕の告白はどう処理されてるんか、もう考えるんも嫌やわ。  ホンマにもう・・・。  でも痩せた、愛しいこの身体は僕のモンや。  僕はアイツを地面に寝転んだまま、抱きしめた。  ああ、言葉が入らんのやったら、せめてチンポだけでも押し込みたい。  言葉の代わりに揺さぶって泣かせたい。  身体だけでも繋ぎたい。    僕がコイツを抱いてまうのは性欲はもちろんもちろんあるけと、それだけやないんや。  蟲姫様はそっと、女の子も僕達の隣に寝かせた。  女の子を寝かせる腕は優しげな女の人の腕やった。  ここは・・・どこかの山の中や。  僕達は森の中にある、広場みたいな場所にいた。  山の中を切り開いた場所。  大きなグラウンドぐらいの大きさはある。  広場?  いや、廃村や。  家はあるけど、もう・・・植物やらが生い茂り、少なくとも数年は人間がいないことはわかる。  建物がほとんど崩れ欠けているけど、それ程古い家ばかりじゃない。  時間じゃ無いものがこの家々を崩し、そしてここは廃墟になったのだ。  「ならはさやわ」  美しい声で蟲姫様が言った。  アイツが慌てて僕の胸から起き上がる。  「ならはさやわ」  アイツは美しい蟲姫様の人間の上半身にある美しい女性の手をとり、その手の甲に恭しく口づけた。    蟲姫様はにこりと笑った。  ムカデやし、腕だらけのバケモンやけど、間違いなく顔は美しい。    だから僕は嫉妬する。  だってコイツがこんなに丁寧にウットリするの、蟲姫様にだけやねんもん。  僕の嫉妬の眼差しを蟲姫様は僕にもニコリと笑って受け流す。  余裕かいな。  「お約束は必ず!!」  何を約束したのかわからないけれど、アイツは蟲姫様に請け合った。  蟲姫様は桜色に頬を染めるて、また微笑むと、空へ駆け上がっていってしまった。  何?  何を約束したの??  めちゃくちゃ気になった。  「何を約束したん?」  聞く。  「ん・・・まぁ、お前にも協力を頼むかもしれん」さ  アイツが困ったように言った。  「何なん?」  めっちゃ気になるやん。  僕を馬鹿にしきったお前が僕を頼るの?  「まあ、これが片付いたらな、話す」  アイツは煮え切らなかった。  いつも自信家のアイツが自信なさげなのが更に好奇心を加速させたけど、これ以上は喋る気ないらしい。  こうなったらしゃあないねん。  絶対話してくれへん。    僕はさっさと諦めた。    「で、ここはどこなん?」  僕は聞く。  もうわかってる気もした。  なんとなく。  「始まりの場所や」  アイツが言った。  「占い師とその子がおった村や」  アイツは女の子を指差した。  女の子はまだ目覚める様子はなかった。

ともだちにシェアしよう!