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第2話
「とりあえず、お昼前に買い物にいってくるよ」
運転用のサングラスを胸ポケットに差しながら京さんが言う。五反田にはTOCがある。「東京卸売センター」の略だそうで、デパートというか、家具や洋服や靴、化粧品、雑貨など海外取り扱いから出物まで、なんでも揃っているところだ。カーテンやカーペットなら一緒に見たい。
「俺も行きたい」
京さんはちょっと考えるように首を傾ける。目線の先にあるのは俺の足だ。包帯だ。
この部屋へ初めて来た日、階段から落ちた。浮かれていたせいで足を滑らせたのだ。ねんざ。めっちゃ怒られて暫く家の中で自粛が続いた。もう1週間も経つし、まだ全然、この周辺を歩けていない。初めてここへ来た日にちょっと歩いただけで、あとは京さんの情報しかない。
「いっぱい、買うものあるし、荷物持ち必要でしょ?」
京さんほど大きいものや重たいものは持てないと思うが、細かいものくらいまとめて持つことくらいできる。
「ここの駐車場、契約は来月からだから、今は少し遠いんだけど……」
「歩く、歩きたい」
手を挙げて主張すると京さんは、ニコリと笑う。
「じゃあ行こうか」
風もなく、いい天気だ。川はきれいじゃないけれど、護岸整備が最近されたばかりなのか、整っている。左右の道路はお散歩する老人や、ベンチでスマホをいじるスーツ姿の人が多い。長閑な感じだ。
「つかまって」
京さんが横から肘で小突いてきた。
「……いいよ」
断ろうとすると京さんは顔を寄せてくる。
「腕組んで歩けるのは、怪我してるときだけだよ?」
そういう考えもあるのか。おずおずと肘のあたりに掴まると、京さんはゆっくり歩き出した。京さんの田舎で、こんな風に歩いていたのはつい最近のことだけど、景色が変わるだけで、なんだか懐かしく感じた。航や奈津は元気にやってるだろうか。
「これも桜だね」
「うん。中目黒みたいに、ここも混むのかなー?」
テレビや雑誌なんかで花見の人気スポットとして最近急上昇している目黒川沿いのスポットは中目黒周辺だ。ちょっと離れてはいるが、ここも同じ目黒川で桜が咲いている。舟がいくのをこないだ見た。橋の真ん中に立ってみる。
「桜のトンネルにはならないみたいだね」
ここら辺の方が少し川幅も広いようだ。
「ホントだ。大木じゃないね」
「それほどスゴイ景色ではないから、混まないんじゃないかな」
「ふふ。部屋でお花見できるからどっちでもいいかな」
信号待ちで通りを眺めると焼肉やとラーメンやが目立つ。
「かなり多いよ。向こうに行列のできるハンバーグやさんもあったし、ステーキやシュラスコのお店もあったし」
「俺が太ったら京さん嬉しい?」
京さんはデブ専だと聞いたことがある。昔付き合っていた男はみんな太っていたんだって。
「どうかな。僕は君の美意識も好きだから、おまかせするよ」
俯いて歩く。顔が緩んでしまいそうだ。腕におでこがつきそうになると京さんは足を止めてこちらを覗き込んでくる。どこまでも優しい。
「疲れた?」
「……なんか、この街、眩しくない?」
口元を隠すようにして咳払いをすると、胸ポケットに差していたサングラスを広げ、掛けてくれた。見上げるようにしてあたりを見回し、京さんは納得したように頷いた。
「ホントだ。影が太陽のある方にある。あのガラス張りのビルに反射しているのかな? ああ、結構窓が大きいビルが多いからかな」
科学的根拠や事実は別にいらないんだけどね。
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