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第6話
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療養のために京さんの実家で何か月も生活をして変わったことがあった。
パジャマを着るようになったこと。
出掛ける必要もないとなると、ついだらだらと過ごしてしまう。小さいことでも「折り目」があるというのは大事だ、というのが京さんの考え。寝るときに着るものが寝間着・つまりパジャマだ、寝間着で出歩かないで眠る。起きたら着替えて生活をする――生きる活動、俺の殆どは昼寝だったけど――朝起きてカーテンを開け陽の光を浴びるとか、医学的に良いとする根拠以上に身体に沁み込ませるルーチンとして必要なんだって。
あともう一個。京さんの弟の航に言われた。
「オマエ、いただきますとごちそうさまが言えるようになったなー」
言われてみれば一人で食事することが長かったし、同居人も言うような人ではなかったので、いつの間にか言わなくなっていた。航や京さんのお父さんと時々食事するようになって、いつの間にか言うようになっていた。京さんと会ったころ、確かに云えてなかった気がする。「おはよう」とか、「ありがとう」もちゃんとしてたか覚えてない。
「あれ、揃ったね」
夕飯が終わって先にお風呂に入った。今日は買い物にも出たし、カーテンも仕上げた……、まだ寝室分だけだけど。京さんは寝る前にワークアウトやストレッチするので大概後になる。ソファで、京さんのノートPCを借りてテラリウムの画像検索をしていたら、後ろから声がかかった。見ると京さんは紺色のパジャマを着ていた。
「……」
揃うって、別にお揃いのパジャマを買ったわけではない。
クリスマスにプレゼント交換をしようという話になって、パジャマを贈り合うことにした。俺が選んだパジャマを京さんが着ている。そして、京さんが選んだパジャマを、今俺が着ている。俺の持ち物は少ないし、パジャマにしても好んで京さんのものを借りているから、組み合わせが揃うことはあまりないという意味だろう。
京さんがくれたのは、いわゆるモフモフパジャマだ。もこもこしていて柔らかくて温かいが、なんとなく恥ずかしいので、あまり着ない。ここ最近、天気があまり良くなかったし、来週も雨予報が続いているので、あまり京さんの服をとってしまうとまずいかなと思ったのだ。
真っ白いモフモフパジャマで膝を抱えていると羊にしかみえないだろうと思って、クセで上げていた足を床に下ろす。隣に京さんが腰かけた。
「調べてたの?」
「……結構スゴイね。滝があるのとか、かっこいいけどいきなり作れるものかな?」
ガーデニングみたいなものかと思っていたが、植物や石の性質を活かしてつくるミニチュアの庭と考えたほうがいいかもしれない。結構世界観がはっきりしていないと難しそうに見えた。
「君ならできそうな気もするけど? 最初に簡単なものを作ってみて、次のアイディアを考えるのもありじゃない?」
「簡単って言われると、作り終えて愛着がわかないかもしれない」
1案件には1つのベストな答えしかない、そう思って思いつく限りの最良を取り入れようとするのは間違いだと、恵比寿のWEB制作会社で仕事を始めたとき、ディレクターに言われた。運用のための提案、予算枠の限界、今最大限の努力をする必要もないこともある。そう言われていつもギリギリな理由がようやくわかった。最大限を出すということはいつも、限界を超えていかなければいけない。「それじゃABテストもできないしね」と茶々を入れる社長に、「そういうことじゃないっす」と怒っていた。
京さんが、悪戯っぽく笑って指を立てる。
「じゃあ、君の処女作は玄関に飾ろう」
「……は?」
「二番目は僕のために作って。毎回テーマを決めよう。そうすれば君はいい加減に作れない」
発想の転換ができる人は素直に素敵だと思う。自分の狭い世界を守るために、必死に世界を閉ざしてきた自分からすると、素直に驚くし感心する。コクリと頷いて、ブラウザを閉じてPCの電源を落とす。
肩に熱を感じて、引き寄せられる前に京さんの方へ身体を傾ける。
「キスしていい?」
囁かれて顔を向ける。
目を合わせられないのは後ろめたさのせい。まだ、行為の途中でパニックになることがある。唇に触れるだけの優しいキス。引き寄せられた肩の温もり。頬をかすめる吐息。愛しい人の腕の中だとわかっているのに、無意識と意識の狭間を越えられないときがある。努力やモチベーションで回避できることでもないし、一度パニックを起こしてしまうとせっかく日中もコントロールできるようになったことさえ、バランスを崩しかねない。
環境が変わったばかりだから、暫くはやめようと京さんから提案されたら従うしかない。
「明日また、忙しいからもう寝ようか」
京さんがこちらに身体を向けてまた、頬にキスをした。京さんの肩に両手を回して、こちらから唇を重ねる。離れる瞬間に目を開けると、ちょっとだけ視線が絡んで頬が熱くなる。首筋に押し付けると身体が浮いて、ベッドに運ばれることに気づく。そうして今日も一日が終わる。
行為自体がなくても、十分なほどに、心から愛されていると感じながら今日も目を閉じる。
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