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第7話 ~流れ星~
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喧嘩した。
喧嘩、っていっても殴り合いではないし、口論、といってもだいたい怒り出したら、理論とか筋書きとか見えなくなるほど、カーっとなってしまうから、途中から「間違っている」と気づいて退散する。そして「悪い」のもだいたい俺だ。
京さんに怒りをぶつける必要はなかった。それはわかるけど、腹立たしさは簡単に消えない。顔を合わせていたくないから外へでも飛び出したくなるけど、そうしてしまうと帰るきっかけを考えるのも面倒くさいし、出ようとすれば京さんは独りにしてくれないから追っかけてきて喧嘩が泥沼化するから、「間違っている」と気づいた時点で、距離をとることにしている。リビングにいるならキッチンや寝室に、それで喧嘩は終わり。向きを変え大股で歩き出す瞬間に京さんの悲しそうな顔が残像として瞼に残る。その顔のせいで、喧嘩の原因も敗因もすべて忘れて、ひたすらへこむ。
バカな頭を冷やすために窓を開けると夜風が首筋をかすめていく。
俺には逃げ場がない。同調を求める友人もいないし、気を紛らす酒も嗜なければ、ゲームで気分転換って趣味もない。明日仕事があって考えるべきことでもあればいいけど、パソコンに向かっていないと考えるべき課題も浮かばない。
その点、京さんにとって俺がちょっと自分から距離をとったりしたら、仕事が捗っていいのかもしれない。「また拗ねちゃって」とか、今の俺の行動を軽くあしらって切り替えて自分の時間を有効に作れる人ならまだ、俺ものんびりムカムカを抱えて夜空を眺めていられるけれど、京さんは残念ながらそういうタイプではない。理不尽な喧嘩を吹っ掛けられてモヤモヤしている中、窓際に俺がいることで不安が一つ増える。こんなときに発作を起こして、俺が飛び降りたりするのではないかと。
フェアじゃない。俺たちの関係は。
カーテンが風に大きく揺れた。長いことぼんやりしていた気もするけど、実際はカップラーメンがほどよくできる時間程度の気もする。首をすくめて両腕を抱くとふわりと肩に何かが落ちる。視線を落とすと京さんの腕が窓の外へだらりと垂れるのが視界に入る。慌てて顔を上げて真っ暗な空を見る。白い光がスーと横切っていった。
「あ!」
思わず声を上げてしまったけれど、赤い光が点滅するのも見えた。流れ星ではなく飛行機だ。ガクリと顔を下げて、冷えた腕をひっこめると、柔らかい温もりに触れる。京さんがカーディガンをかけてくれたのだ。これはもう、京さんのカーディガンというよりほぼ俺専用のものになっているお気に入り。
「流れ星、だとしたら、何を願うの?」
羽田に向かうのだろう飛行機を眺めながら、京さんが囁くように聞いてくる。
「流れ星? 3つくらい聞いてくれるんだっけ?」
「いやひとつだよ、3回唱えるんだよ」
「俺のことをずっと好きでいてくれる京さんがそばで笑っていられるように京さんの願いを叶えられる力を俺にください」
隣で京さんの肩が揺れた。
「それ、ひとつって言うの?」
「ひとつだよ! ひとつだし、俺は早口だから3回唱えられる自信があるね」
「それは、頼もしいね」
京さんが笑いを堪えるように言葉を区切る。京さんの腕に肩をぶつける。
「笑うな」
京さんは口元を隠すけど、まだ笑っているってわかるから、恥ずかしくなって肩で攻撃を繰り返すが笑いは止まらない。
「笑うなってば!」
流れ星が身体の中をいくつも落ちていくのが見えた。
願いは、叶う――。
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