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第8話 ~半殺し~
*
「ぼくは半殺しの方が好きだな」
京さんがとんでもない言葉を脈絡もなく吐いたので、せっかくもらったキレイなお花のようなおはぎが手のひらから落ちた。
「あ~あ」
露出の高いジムトレーナーの片瀬さんがのんきな声を上げながら、ぺしゃっとおちたおはぎを拾い、「接地面以外なら大丈夫か」と掬い上げて噛みつくと、ぼんやりしていた京さんが「やめなさい」といって片瀬さんの手首を掴んだ。口を開けて顔を近づけてくる片瀬さんの顔に京さんが手で押さえつけて阻止する。押さえつけている京さんの腕が震えるくらいだから、片瀬さんの力は相当なものだ。そこまでおはぎが食べたいのか、鍛えているからこそ競っているのかよくわからない攻防をただぼんやりながめていた。
「あ……」
不意に京さんが、手を放してこちらをみたので、片瀬さんは床にスライディングする。
「半殺しって、言わないのかな?」
「………」
京さんは明らかに俺に尋ねているようだったけど、質問の意味が分からなかった。床でゴロンと回転して片瀬さんが笑う。
「ああ、三枝さんってもしかして地方の人?」
笑うようなことなのだろうか? そういう顔で片瀬さんを見ると、片瀬さんも京さんにではなく俺に向けて質問したようで、目が合うとケラケラ笑った。呆然としていると京さんが、視界を遮るように立ち顔を下げて目線を合わせてくる。
「ごめんね、驚かせた」
おはぎの中身のもち米を全部潰すのを皆殺しといい、ほどよく半分ほど潰したものを半殺しというのだそうだ。
「な、なんだ、びっくりして食べそこなっちゃった」
まじでびっくりして、京さんが目の前にいるのに、胸元の「お守り」であるスマホを思わず握りしめていた。その手に京さんが手を重ねてくれる。「ごめんね」と囁きながら、そっと撫でられて息を吐いた。大丈夫だ。答える代わりに頷くと、京さんは確認して手を離す。
「ゴラー、向野! 行列のできる店のおはぎを台無しにして、どうしてくれるー」
京さんの後ろから片瀬さんの声が近寄ってくる。離れかけた手がかばうように肩に置かれ、京さんが首を向ける。
「お詫びに僕が作るよ」
「まじかー!」
「そんなおしゃれなおはぎはできないけど」
「いーよいーよ。あんこのやつときなこのやつ、シンプルでいいからいっぱい食べたいなー」
片瀬さんがはしゃいでいるのか、京さんのシャツがワシャワシャ動くから、阻止するように両手で裾をピッっと引っ張った。……ええ、嫉妬ですよ。俺以外の人が京さんに甘えるとか駄々こねるとか、ちょっと刺々しい気持ちになるの当たり前でしょ? 掴んだ裾のあたりを眺めるように下を向いても、尖らせた唇は京さんからも見えているかもしれない。京さんが俺と片瀬さんを交互に見るのが、動きでわかる。
肩に置かれた手がすっと背中を撫でるように伸びて、引っ張られる。
「じゃあ僕らは買い物に行ってくるから、片瀬さん、そこ掃除しといてね」
肩を抱かれて歩き出すと、顔が熱くなるのがわかった。赤くなってたらヤダな……。
「えーお掃除、きらーい」片瀬さんの声を聞きながら、京さんの手を払えずに外まで歩いた。
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