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第9話 ~白い朝~

   * 「あれ……」  夕食を終えて食器を洗っていたら声がしたので、京さんの方を振り返った。喉に手を当てている。 「なに?」  少し傾けたまま首を振るとコップをとって冷蔵庫からミネラルウォーターを出す。気にかけながらも、とりあえず食器洗いが終わるようさっさと手を動かす。コップの水を飲み終わったらしいので、濡れた手を差し出す。だがいつまでも手の上にコップが置かれないので、また京さんの方を振り返るとやはり喉を抑えて上の方をぼんやり見ていた。 「どうかした?」  声に気づいて京さんがこちらを向く。差し出した手のひらを眺めてコップを握りなおす。 「風邪ひいたかも」 「え?」 「風邪」  聞こえてないわけではなく、喉の違和感で気づくものなのか? という「え?」だけど。それどころじゃない。 「薬、飲んだら?」 「あったかな」そういいながら、棚から薬箱を出してきてテーブルで探る。一般的な家庭の救急箱より、かなり大きい理由は怪我用のガーゼや包帯や湿布やらをやたら備蓄してあるせいだ。捻挫はもうとっくに治っているけど、京さんの心配性に拍車をかけた張本人としては、なにも言えない。大きな箱から、数種類ある風邪薬の箱を裏返しながらひとつ選んで薬を飲んだ。 「今日は筋トレしないで、もう寝たほうがいいよ」 「そうだね……」  聞き流すような茫洋とした返事をしながら、薬箱を片付けて京さんが寝室へ向かう。洗った食器を拭いて棚に片付けて、シンクの掃除を急いでやって寝室へ向かおうとすると、寝間着に着替えた京さんが毛布を抱えてリビングへ出てきた。 「移すとまずいから、今日はこっちで……」 「ダメダメ! ちゃんとあったかくして寝ないとダメじゃん」  毛布をひったくって、京さんの背中を押す。 「風邪くらい、うつっても大丈夫っていうか、俺めったに風邪ひかないし、大丈夫だから」  普段ならあり得ないほど、抵抗感もなく京さんを押すことができた。病は気からというけど、風邪だと思った瞬間から京さんの体力はなくなっているのか、気づいたからこそ今までだるいなと感じながら抵抗してたのか、とにかく容易かった。布団をめくって京さんをベッドに押し込むと、抱えていた毛布を半分に畳んで羽毛布団の上にかける。スキマがないように、肩まですっぽり入るようにしっかりくるむように確認すると、京さんと目があった。  ほんとだ、ちょっと熱っぽい顔してる。俺が気づかなきゃいけなかった。額に触れる。さっきまで水仕事をしていたせいか、やっぱり熱い。走って冷えピタをとってきて、額に貼る。 「ありがとう」  かすかにほほ笑んだ顔に、思わず照れてしまいそうになる。 「おやすみ」  京さんが頷いて、身体を横に向けた。俺に背中を向ける形。移したくないからか、うん、まぁ背中も好きだし、一緒に眠れるなら文句は言うまい。  俺は多分、寝相が悪い。寝相というか、やたら動くんだと思う。動きまわった挙句、京さんの温もりを求めて手や足や肩を寄せて落ち着いて、明け方深い眠りに落ちる。  今朝も同じように手を伸ばしたのだ。 「……」  落ち着けなかった。眠いは眠いけど、とりあえず布団の中で正座するように身体を丸めてみた。手の先から感じる京さんの体温が、いつもより高い。そうだ、風邪と言っていた。熱が上がったのだろう。膝を横に進めてベッドから出ると、一気に凍り付きそうなほど寒かった。ガウンを羽織って、体温計を取りに行く。エアコンはリビングにしか設置してないが、スイッチを入れて室温を上げる。冷えピタがあと一枚しかない。製氷機に氷を移して氷を作る。遠くで咳が聞こえた。慌てて京さんのもとへ行くと体温計をかざしていた。 「……やばい」  京さんが呟く。体温計をひったくると液晶画面に「38.2」とあった。……やばい。とりあえず最後の一枚の冷えピタを貼る。リンパを冷やした方がいいと聞くけど、そのせいで寒い思いをさせるのもなんだし、汗掻いて、熱を放出した方がいいなんてことも聞くし、どうしたらよいかわからない。京さんが咳き込んだ。わぁ、どうしよう。とりあえず、冷やしたタオルで顔を拭いてあげると、ちょっと落ち着いたように京さんが深く息を吐いた。 「関節がだるい、もしかしたらインフルエンザかも」  えー。  風邪もひかなきゃ、インフルエンザにも罹ったことがない俺としては対処方がまるでわからない。  えー。どうしよう。  

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