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第11話
電話を切って息を吐いたら、白い息だった。京さんに聞こえないよう玄関で電話をしてた。立ち上がったら、膝がカクっと固まった。冬の朝は寒い。部屋に入ると暖房で身体が緩んだ気がした。が、咳込む声が聞こえて慌てて走る。やっぱり、暖房は乾燥するからよくないかもな。
「京さん」
「……ゴ…」
顔を寄せると咳き込むのも抑えるように、布団に潜ってしまった。丸まった布団が小刻みに揺れ、咳き込んでいる様子を伝える。近寄ると咳さえもできない、っていうのでは可哀そうだ。
「ごめんね」
そういって離れる。
うーん、どうしたらいいんだ? 一旦、エアコンを切ってみる。ほかに温める方法はあるだろうか?
昔、おじいちゃんが風邪をひいたときは、おばあちゃんはストーブにやかんを置いていた。部屋もあったまるし、湯気で蒸気も出るし一石二鳥だったわけだ。エアコンのおかげで火傷や火事の心配は減ったけど、そういうところがそぎ落とされてしまったんだなーと思いながら、部屋をうろつく。
「そういえば……」
熱が出たら冷えピタという発想も、もとは氷嚢だ。冷凍庫の氷を出してみる。これを小分けにしてリンパ冷やすってのはどうだろう? 熱で溶けてビショビショになったら嫌かもなー。
氷枕? ゴツゴツして痛いよなー。ああ、タオルを濡らしてちょっと凍らせてみるってのはありかなー? ちょっとやってみよう。
また咳が聞こえた。先生まだかな? 起きてるっていうか、起きれない状態でも咳は出てるみたいだぞ。どうしたらいいかな。電話したら、運転止めることになって到着が遅れるのも嫌だしな。
キッチンで無意味に棚や引き出しを開けていたら、こないだ買った小豆の袋が出てきた。おはぎ作る予定で買ったのだ。そういえば、スーパーで変わったキノコを色々見つけて、鍋にしたらおいしいかもなんて話して、家帰って鍋食って、おはぎのことをすっかり忘れた。
小豆って缶詰だと思ってたんだ。砂糖で煮込んであるのが小豆だと思ってたんだ。
「小豆は煮る前から小豆だよ」
京さんに笑いながら言われて、そりゃそうだってわかってるけどムクれたりして……。
あ、小豆ね。
魚用の長方形のお皿の上にラップを二重に敷いて、小豆を開ける。筒状になるように手早く巻いて、均等に伸ばしてレンチンする。手拭いで巻いて腕にのせてみる。熱いってほどじゃないから大丈夫そうだ。
寝室に行くと丸まった布団のままだった。そっと引っ張って京さんの顔を見る。汗すご。さっき冷凍庫にいれて、絞った形のまま固まってしまったタオルで顔を拭いてあげると、京さんが小さく息を吐いた。でも、喉がゼイって鳴っているような雑音が入る。息をするのも苦しいみたい。枕に頭が戻るように誘導しながら汗を拭き、タオル状にやわらかくなったそれを畳みなおして額に置いた。眠っているけど、もっと深く眠りに落ちるように、なんだかリラックスしたような感じが伝わる。そして手拭いで巻いた小豆を首に巻くように置いた。息をするたびに聞こえる雑音が消えた。しばらく眺めて見守ってみたけど、大丈夫そうだ。
大丈夫そうだ。
俺が考えた応急処置に拒絶反応はないし、咳もでない、大丈夫だ。そうわかっても、またしばらく眺めてしまう。少し距離をとって離れた位置から京さんの寝顔を無意識に見下ろしながら、「大丈夫」と頷いても、またぼんやりと眺めてしまう……、違うな。俺はやっぱり、病気してても弱っててても、京さんを見ているのが好きなのかもしれない……好きとか嫌いとかじゃなくて、見ていたいだけなのかもしれない。
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