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第12話
*
清原が来たのは6時過ぎだ。いくつもの袋をキッチンで下ろすと、
「寒い! なんだこの部屋、めっちゃ寒い。ブルブル! あっためろっていったのに、アホかオマエは!」
デカい声でわめきながらエアコンのリモコンを握ると、「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」とふざけてるのかというほど電子音が続いた。何度に設定した?
リモコンを放り投げて、ドアを開きっぱなしの寝室を覗き大笑いをしながら京さんに近づいていく。
「わははははー。よー、相棒。インフルだってー?」
えー? 俺、医者呼ばなかったっけ?
「ちょ…、寝てるから……」
暴君を止めようとすると大きく手を振りながら清原が振り返る。
「ストーップ! オマエは入るな」
悪魔のような笑顔でドアを閉めようとするから、思わず抵抗して手を差し出した。が、悪魔は手を挟んでも構わないと思っているのか本気でドアを閉めようとする。潰されないようにひっこめるタイミングだろうけど、必死で両手を差し出して抵抗する。
「立ち会うし!」
「アホか! 俺は医者だぞ。そして患者は保護者が必要な子供じゃなくておっさんだ、アホはすっこんでろ」
「痛っ!」
蹴られてリビングに転んだ。ソファーに頭ぶつけて激しい音を立てた。ドアが閉められてしまった。
『殺すぞ』
しゃがれた声がドアの向こうから聞こえた。京さんだ。クソ医者の豪快な笑いが消えた。きゃー、京さんかっこいい。
*
清原が買ってきたものを冷蔵庫やら棚に納める。……もしかして、2週間くらい動けないってことなんだろうか、と不安になるくらいの量だ。入りきらない。野菜は床に転がしておくしかないのか? 新聞紙で光が当たらないようにしていると清原が出てきた。「しっしっ」と追い払うように手を動かすので、そのままカウンターキッチンの奥に追い詰められて、壁際まで寄ると、流しで手を洗い始める。腕まくりした肘のあたりまで丹念に洗う姿を見ていると、ああ、医者なんだなーと思う。手を洗い終わると手招きをされたので、素直に寄っていくと両手で目の下を確認しながら、首筋で脈を計り、マンネリ化の口調で「あーんして」と喉を覗く。
「うん、オマエは大丈夫だな」
お礼の代わりに少しだけ頭を下げて続ける。
「京さんは?」
「インフルだなー。薬これな。今飲ませて眠らせたけど、できるだけ食事させてから飲ませてな。飲んだ後はちょっと様子見といて。まー、異常行動にでるときはバットかなんかで後頭部殴って気絶させるとかなー? ないと思うけど」
「……」
そういえばインフルエンザの投薬のせいで飛び降り自殺するなんて事件があったけど、そういうことを言ってるの?
「そんな顔すんな。そこまで高熱じゃないし、脳がやられているってわけでもなきゃ大丈夫だから」
「……」
そんなの見た目でわかる? 医者っていっても、この人の専門って外科じゃなかった?
「俺は医者である前に、アレと一番長い付き合いだから。大丈夫」
鼻を潰そうとでもするように、親指を突き出してきたので思わず避けたけど、不安は消えた。医者の方が役立ちそうだけど、『長い付き合い』を簡単に壊す人はいないと思う。俺にはそういう人いないからわかんないけど……。
清原がジャケットを脱いでリビングに放ると、シャツの腕をめくりなおして冷蔵庫を開けた。
「いーから、とりあえずオマエはシャワーでも浴びてこい。俺が地獄のテグタンスープを作ってやる」
美味しそうと思ってしまうのは、辛いものが好きな証拠だろうか?
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