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第20話
おかゆと雑炊って何が違うの? 結局わからないまま沼になるからもうやめた。
そんなこと考え始めたらスープとポタージュとポトフってなにが違うのとかってなっちゃうじゃん? 作った人だとか国の違いだとかいうならいいけど、なんかね、そこまで料理を極めるつもりもないのに、そこ拘ってどうすんだよって、誰かがとうとうと説明し始めたら、きっとそんな説明は聞かずに「うぜー」って心の中で叫んで、説明を無駄にしてしまうと思うんだ。ちょっと謎だよね、って共感してほしいだけなのに、説明解説異論講論始めちゃう人って俺、苦手。
好きな人が扉を開けるよ、どんな顔をするかな? 第一声はなにかな? そう考えるだけで、見ているだけでも楽しいよね。俺は気づいていても先に声を発しないのは、見届けたいから。京さんが開いた扉のスキマから顔を斜めに出してくる。
「おはよう」
やっぱりちょっと声が弱弱しいな。
「おはよう。体調どう?」
「うん。腕が5センチ、くらい重い、かな」
手を前に伸ばして京さんが長さを図る。伸びてないから大丈夫だよ。まだ関節に違和感があるのかな?
「おなかすいてる?」
腫れぼったい目を閉じたまま京さんが笑う。
「この匂いで、その質問はイジワルだよ」
え? そう? それって美味しそうって思ったってこと?
「じゃあ準備するよ」
お鍋をゆっくりかき回しながら火を止める。
「あ、シャワー浴びてもいいかな?」
「ダメダメダメ! 病人なんだから。一日二日入んなくても大丈夫だって」
温度の変化や自分の行動スピードの変化に気づかないから、長居しちゃうと風邪拗らせるんだって。京さんが困った顔をするけど、捲し立てる。
「あ、着替えはしてね、パジャマ出しておくから。今、シーツとタオルケットは替えるから、顔だけ洗って。あ! ヒゲもそっちゃダメだからね!」
「……なんでヒゲ」
顎をさすりながら京さんが眉を寄せる。清潔感があるし、スリスリされると痛いからヒゲはない方がいいけど、無精髭もたまにはいいかなと、思ったり。病人だから貧相に見えるかと思ったら意外にかっこよく見えちゃうので、なんで、言わないけど。
「とにかく布団からそんなに離れていちゃダメなの! 身体弱ってるんだからカミソリ負けなんかして破傷風にでもなったらもう手に負えないじゃん!」
タオルケットを抱えて京さんを洗面所へシッシッと手を振って追い払うと、京さんは言い返せないまま奥へ移動していく。
手際よくベッドメイキングしながら思う。好きな人の看病が楽しいって、楽しんでていいのかなって。以前は、病気させてしまったことでさえ自分が悪いと負い目を感じてたけど――。
身を粉にしても支える存在があることを、そうまでしても一緒にいたいと思うことを恋だと思っていた。彼の存在がすべてだったから――。好きだった時期もあったから、たぶん、きちんとした終わりを確認したかったのかもしれない。
俺と京さんの間に上下関係はない。もちろん京さんの方が年上だから敬うところもあるし、立てるべきところもあるけど、その分安心して甘えられるところもある。さっきみたいに俺が言いたいこといって優位に立っても、京さんが謙ることもないし、反発できるものなら言い返す気力もあるから、それはたぶん対等なんだ。だから時にヒドイこといっても、喧嘩になっても、病気してても、看病してても……あ、これは俺の勝手な価値観なのかな? 京さんは、我慢してたり譲ってたり、心の中で悔しい思いをしてたりするのかな?
シーツのしわが気になって引っ張っていたら余計斜めになってしまった。枕元に行って引っ張ってまた足元の方へ行って慎重にひっぱり直す。ん? 失敗。もう一度枕元に行って引っ張ると、反対側からピンと伸びる。目線を上げると京さんがひっぱっている。キレイに伸びた。一緒の速度で足元へ移動して同時に引っ張る。
「やっぱり、ボックスの方が楽だと思うんだよねー」
ボックスシーツが主流にだからフラットシーツを探すのに、結構苦労した。買い物はないものを探すのも楽しいからね、最後は意地になって二人で探し回ったけど、そこまでして……。
「楽より、僕は楽しい方が好き」
京さんがシーツに頬杖をついてこっちを見てる。やっぱり、我慢とか心の中で悔しいとかって、京さんにはないのかも。あったとしてもささいなことと飲み込んでくれているのかもだけど。
タオルケットを広げて振り上げると、反対側を掴んで丁寧に京さんが広げる。羽毛布団と毛布もそうやって二人で整えた。
バカみたいなこと、言ってもいいですか?
好き。
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