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第5話

昨日、二人で歩いた駅への道を今日も二人で歩き出した。 結局、僕が匂い対策として考え抜いた鼻の洗濯ばさみは、山野に取られる形で却下されてしまった。 別に風邪でもないならマスクも取りなよと言う山野に、またあの匂いを嗅いだら自分が何をするかわからない、昨日のように我慢できる自信はないという事を伝えたが、それでも大丈夫と山野も引き下がらず、最後にはマスクも山野の手によって外されてしまった。 「山野君にこれ以上嫌われるようなことをしたくないんだ。」 そう言った僕に 「大丈夫。俺は福木君を嫌いにはならないよ。」 そう言って微笑む山野に、ドキッと心臓が高鳴りした。 「あ…あのさっ!」 ドキドキとうるさい鼓動に負けないように大声を出す。 「僕と友達になってくれないかな?」 言ってしまった。 これまでのやり取りからすぐにでも肯定的な返事が返ってくると思っていたのだが、山野はじっと考え込むように黙ったままでいる。 二人の間に流れる沈黙が重くのしかかり、どうしていいのかわからず、まともに山野の顔を見られなくて僕は俯いた。 「福木君は…友達がいいの?」 呟くように山野が尋ねるのを聞いて、バッと顔をあげて答えた。 「うん!僕は山野君と友達になりたいんだ。」 再びの沈黙。 何かマズい事を言ったのだろうか? 心配になって山野の事をじっと見つめる。 一瞬、何かを言いかけたそうにした山野がぐっとそれを飲み込んだ。 なんだろう? その事を考える間もなく、山野がふふっと笑った。 「山野君?」 状況が理解できずにいると、山野がそのまま歩き出した。 おいて行かれる形になった僕が、少し足早にして山野の隣に並ぶ。 それを山野が横目で見ながら、 「俺達、もうとっくに友達だろ?」 そう言って微笑んだ。 「え?そうなの?」 山野の答えに嬉しさと、肩透かしを食らったような微妙な気持ちになった。 「俺はあの行事で一緒に仕事をした時からそう思っていたよ。だから昨日、福木君が俺の教室の前にいたのを見て、すぐに追いかけたんだ。だって、うちのクラスで福木君が用事のあるのって友達の俺くらいだろ?」 「あぁ!」 そういう事か! 昨日からずっと何で山野が僕のことを追いかけてきたのかと不思議に思っていたことの答えが分かり、気持ちがすっとした。 「だったらもっと早く山野君に会いに行けばよかった。実はどうやって僕と友達になってもらおうか、ずっと考えていたんだ。」 「それで、昨日の告白?」 そう答える山野の顔が赤く見えるのは、昨日と同じように夕陽が照らしているからなのか。 そんなことを考えながら、手が勝手に山野の頬に触れた。 山野が僕のこのいきなりの行動に驚き、びくっと体を縮めて僕の手から逃れようと体を引いた。 「ふ…福木君!」 山野に名前を呼ばれて自分のやっている事に気が付き、焦って手を引っ込める。 「ご…ごめん!」 昨日の事をあれだけ反省したのに、またおかしい事をやるところだった、 「大丈夫だけど…もしかしてまた昨日の匂い?」     山野がおかしいなと焦ったように自分の腕のあたりをクンクンと嗅ぎながら、僕に尋ねる。 「ううん、匂いはないよ。ただ、山野君の顔が夕陽に照らされて赤くなっていくのを見ていたら、触れたくなったんだ。」 「なんだよ、それ!」 わけわかんないと山野が笑った。 僕も本当にと言うと、二人で笑いながらゆっくりと駅に向かって歩き出した。

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