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第14話

あともう少しで駅の入り口という所で、山野の足が止まった。 「どうしたの?」 僕も山野の数歩先で立ち止まると、振り返って尋ねた。 山野が一点を見つめたまま、少し青ざめている。 その視線の先に目を向けると、なんとなく見覚えのある男がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。 制服ではないため一瞬分からなかったが、私服姿の玉井だった。 「何で?」 山野の言葉に僕も頷く。 先に帰ったはずの玉井が何でここにいるんだ? しかも私服姿で。 山野がはっと何かに気が付いたように、 「俺が守るから。」 そう言って僕をその身で隠すようにして数歩前に出た。 「山野、僕は大丈夫だよ。」 そう言って山野の横に並ぶ。 先ほどまでとは違う。 どんなに玉井に言い寄られても、僕には山野という大事に想う人がいる。 二人で顔を見合わせ、うんと頷き合った。 しかし玉井が段々とこちらに近付いて来ると、いつもの制服とは違う私服姿といううえに、先程の事もありドキッと鼓動が高鳴る。 そんな風に玉井を意識している僕自身を殴りたくなった。 玉井が僕ら二人の前で立ち止まった。僕達に用事があるのは間違いないようだが、じっと見つめるだけで何も言わない。沈黙に我慢できず、僕が口火を切った。 「何の用だ?」 それを玉井がシラーッとした目で流すと、山野と思いもかけない方に声をかけた。 かけられた山野も当たり前のように僕の方に用事があると思っていたようで、一瞬あっけにとられた顔をしてから、少し強い口調で何?と答えた。 「お前、昨日来なかっただろ?兄貴から、これ。」 そう言って見覚えのある白い紙袋を山野の顔の前で揺らした。 瞬間、山野が玉井の手から袋をひったくるようにして取ると、僕から隠すようにして自分のカバンに押し込んだ。 「あ…ありがとう。」 まったく感謝とは程遠い顔と声で山野が言う。 「山野?」 僕が山野にどういう事?というように尋ねる。 黙り込む山野の代わりに、何故か玉井が答え出した。 「俺の家がこいつのかかってる病院なんだよ。ほら、あそこの総合病院。」 駅から見える明かりのついた看板を指でさした。 「え?あそこの総合病院って玉井の家なのか?」 例の山野のカバンの中に入っていた紙袋に書いてあった病院だ。 まさか、あそこが玉井の家だとは。 「お前って本当に俺に興味がないんだなって、ちょっと凹むわ。」 玉井が大層なため息をついた。 「だって、名前とか違うし。」 山野が福木らしいと言って笑った。 玉井も、苦笑いを浮かべる。 「多分、福木だけだと思うよ、知らないの。」 「そうなんだ…。」 玉井がやれやれという顔で山野を見てから僕を見た。 突然すっと玉井の手が伸びて、僕の頬に触れた。 油断していた僕も山野もその思いもかけない行動に何もできなかった。 「ふぅーん。やっぱりな。俺が煽ったのがまずかったか…。」 僕の顔をまじまじと見つめて玉井は手を離した。 「それで二人はめでたくできちまった、ってわけか?」 僕に確認するように玉井が問う。 「お前には関係ないだろう!」 そう言って、山野の肩を抱いてこの場を後にしようとした。 「そうもいかないんだよ。おい、こっちに来い!」 僕を掴むのかと思ったが、引っ張られたのは山野の腕だった。 「痛いよ!」 山野が玉井を睨む。 「いいから、ちょっとこっちに来い!福木に聞かれてもいいなら、ここで話すけど?」 玉井の言葉に山野がぐっと息をのむと、僕に向かってちょっと待っててと言い残し、玉井について歩いて行った。 僕からは声が聞こえない所で二人が立ち止まり、玉井が山野に向かって話し始めるのが見える。 山野のカバンを指でさした後、僕の方を顎でしゃくった。 山野が激しい口調で玉井に食って掛かる。 玉井が僕を見ながら何か話すと、山野が急におとなしくなった。 その後、玉井が電話をするようなジェスチャーをする。 山野が何か言い淀むと今度は玉井が激しい口調で山野の肩を掴んで体を揺らす。 一瞬、助けに行こうかと迷ったが、玉井が山野から手を離したのを見て動くのをやめた。 玉井が再び何かを話し、山野が最初は頭を振るが、結局はこくんと頷いた。 山野が玉井の後から付き従うようにして二人が戻ってきた。 山野!と声をかけて近付こうとするのを、玉井が僕と山野の間に入って邪魔をする。 なにを?! 玉井をどかそうと出した腕を逆に玉井に掴まれ線路わきの壁まで連れていかれると、どんと壁に背中を打ち付けられた。 「痛いじゃないか⁉」 ぐっと玉井を睨む。 そこから退こうとするが、両肩を掴まれ壁に押し付けられてしまい全く動けない。 僕と玉井は身長も体格もあまり変わりはないのだが、玉井はかなり鍛えているのか僕の力では全然太刀打ちできない。 それは今日の諸々の出来事で身をもって知っていた。 しかし、だからと言ってされるがままというわけにはいかない。 なんとか少しでも玉井を引き離そうと玉井の肩にかけた腕を突っ張った。 ふと視線の端に山野が映った。 あれだけ僕を助けると言っていた山野がじっと僕と玉井のやり取りを見ているだけで、まったく動かない。 何か違和感を感じる。 「お前さぁ、俺の家があの総合病院って初めて知ったんだよな?」 玉井に急に尋ねられ、さっきもそう言っただろと憮然として答えた。 「それで、俺が山野に紙袋を渡したの見たよな?」 ああと頷く。 「山野が俺から何をもらったと思った?」 何を言いたいのかわからず、少しイライラしながら答えた、 「薬じゃないのか?」 当たり前のように答えた。 それを聞いた玉井がやっぱりなと言って山野の方に顔を向けると、こくんと頷いた。 山野がそれを見て、その場にしゃがみ込んだ。 「山野に何をした?!」 玉井に食って掛かった僕の肩を玉井がさらにいっそう力を込めて壁に押し付けた。 僕の耳元に顔を近付けると、お前のせいだよと囁いた。 え? 目を見開いて驚く僕に玉井が続けた。 「俺の家は総合病院となってはいるが、今は有名なα、Ωの専門病院だ。さすがのお前もそれ位は知っているだろう?」 あぁと頷く。先日の件でいろいろと調べている時に、その事が書いてあった。 「そんな俺の家の病院に山野がかかって薬まで貰っているというのに、お前はその事に驚きもしなかった。」 そこまで聞いて、ようやく状況を飲み込めた。 しまったと思うと同時に膝から力が抜けていくのを感じる。 それをぐっと脇に腕を入れて、玉井が立ち上がらせた。 「お前は知っていたんだろう?山野がΩだって。そう、あいつはΩだ。俺達αが抗えない存在なんだよ。」 玉井が僕に諭すように話す。 「お前はあいつの、Ωであるあいつの匂いを嗅いで勘違いしているだけだ。」 そう言うと僕の顔に自分の顔を近付けてきた。 「やめろ!」 顔を横に背ける。 ふっと玉井が笑って、山野の方を向いた。 「ほらな、言った通りだっただろう?」 しゃがんだままの姿勢で山野が一瞬顔を上げるが、僕と目が合うと再びその顔を膝にうずめた。 「山野っ!ちがう!そうじゃないんだっ!」 僕が山野に何とか分かってもらおうと声をあげた。 「だったら、初めから山野とこういう事をしたかったのか?」 そう言って玉井が脇から片腕を引き抜くと、僕の顎を掴んだ。 「やめろ!」 顔を背けようとするが、玉井に顎を掴まれているので動かせない。 ぺろっと唇を舌で舐めると、俺は初めからお前とこういう事をしたかったと言って、玉井が唇を合わせてきた。 優しく唇を合わせ、離す。 再び唇を合わせ、離す。 何度も何度も繰り返される優しいキスに、段々と頭が痺れていく。 やめろと言いながらも、抵抗する手に力が入っていないのが自分でもわかる。 「玉井っ!」 山野の声に玉井が分かったよというように手を上げると、僕から唇を離した。 はぁはぁと肩で息をする僕の体を支えるように抱きしめたままで、玉井が声を落として話し出した。 「実は山野はただのΩじゃない。俺の兄貴が関係している薬を試験的に飲んでもらっているんだ。だから、わざわざ俺が兄貴に頼まれて薬を届けに来た。」 もう大丈夫だからと玉井の体から離れようとしたが、このままで聞いて欲しいと言って離してくれない。 そのままの格好で玉井が話を続けた。 「もし、本当に本気で福木が山野と番になりたいと言うなら、兄貴に報告してもらわないとまずいんだ。その事はこの試験を始める時に山野に説明してある。もし、福木の気持ちがΩの山野の匂いによるものなら、山野の事は諦めてもらいたい。」 「なっ…!」 「俺の嫉妬とかで言っているわけじゃない。これは長期間にわたってやっている試験なんだ。できればこのまま続けたいというのがこれに関わる人間の本音だ。それを俺はよく知っている。だから、後になって二人の気持ちが実はただの勘違いでしたでは困るんだ。」 「そんなわけっ…」 そこまで言って口をつぐんだ、 確かに初めに山野に会いに行った時、僕は山野と友達になりたいだけだった。 それが、あの匂いを嗅いだ瞬間から山野を性的な対象として見るようになったのは間違いない。 山野がΩだと知っていたのも事実だが、それでも山野を想うこの感情が勘違いだとは思いたくない。 あの時、山野のカバンさえ開けなければと今更ながら後悔の念が僕を苛む。 「福木、今夜から山野がお前のところに泊まるんだってな?」 玉井が何で知っているんだ?という疑問を山野とのやり取りを思い出して納得する。 「あぁ、そのつもりだ。」 嘘をつくわけにもいかず答えた。 「それに俺も行かせてもらう。」 「何で⁈」 何かを思うよりも先に言葉が出た。 「嫌がらせとかじゃない。もし、お前達が番になるような事になっては困るってさっきも言っただろ?兄貴達がこの事について結論を出すまでは俺が監視させてもらう、そういう事だ。」 何も言い返すことができず、ぐっと息をのむ。 「ともかく、準備をして来るからここで待っててくれ。」 そう言って、近くのベンチに僕を座らせると山野の方に向かい何事か話す。 山野が分かったというようにうなずくと、玉井が病院の方に向かって駈け出して行った。

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