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第16話

結果として、3人で過ごした奇妙な週末は何事もなく、全く何事もなく終わった。 玉井が僕の家に着くなり自分のスマホでお兄さんに連絡を取り、山野がそれに出た。 じっと話を聞き、真剣な表情で時々はいとか分かっていますとか呟くように答える山野を見ながら、僕はこの問題の重要性に対する認識を改めた。 話が終わり、山野が玉井にスマホを返す。 山野に、何を言われたの?と尋ねようと口を開きかけた時、玉井に名前を呼ばれた。 そちらを向くと玉井のスマホを持つ手が僕の方に伸びていた。 僕? と言うように、指で自分の顔を指すと、そうだというように玉井が頷いた。 「兄貴がお前にも話しておきたいってさ。ほら。」 ぐっと玉井の腕がさらに僕の方に伸びた。 断る事もできず、玉井からスマホを受け取る。 「もしもし、初めまして。福木と言います。お話があると伺ったのですが…?」 そう切り出すと、玉井のより少し低めの落ち着きのある声が返ってきた。 「もしもし、玉井の兄です。初めまして。今回は色々と迷惑をかけたようで申し訳ない。」 「いえ、大丈夫です。それで、どのような?」 「今回の山野君の事、もう弟からあらかたの事は聞いていると思うけれど、少し私からも説明をしたいと思ってね。」 話を聞きながら、玉井の顔に眼鏡をかけ、少し神経質にした感じの顔が浮かび上がる。 「薬の事…ですか?」 「あぁ。詳しくは言えないのだが、副作用に関わる大事な試験なんだ。これがうまくいけばΩの薬事情も大分改善すると思われる。」 オメガのヒートを抑制する薬の副作用がかなり厳しいというのは、あの時調べた中にも色々と書いてあった。 「それを山野が飲んでいる…と。」 「あぁ、しかも年単位でだ。」 年という所に力を込める。 「そして、君に言うのもアレだがお金も相当にかかっている。山野君には最初に言ってあるのだが、もしも山野君の都合によってこの試験を途中でやめるという事になった場合には、それまでにかかった薬代、医療代を全額請求と言う契約をご両親と交わしているんだ。」 「え?」 お金と言う現実を突きつけられ、言葉が出ない。 「厳しいようだけど、私達もボランティアでやっているわけではないからね。」 言われてみればそうだよなと思う。しかし、それではいつになったら山野はその試験から解放されるのだろうか? そんな僕の気持ちを察するかのように玉井のお兄さんがただしと続ける。 「ただし、この試験もあと少しという所まで来ている。君達が高校を卒業する頃には、山野君の契約期間も終わる。君がもしも本当に本気で山野君と番となりたいのなら、契約期間の間だけでいいんだ、高校生の間だけ我慢してもらいたい。番と言うのはただの恋人関係とは違うと私は考えている。愛し合えば同姓でも子が産まれる。命の責任が伴うんだ。それも含めて君には考えてもらいたい。」 自分でも考えているつもりだったが、改めて説かれると番と言う簡単な言葉では済まされない重圧を感じる。 「はい。」 「ただし、きちんとした準備と予防をして関係を持つ事までをやめろと言っているわけではない。愛している人を目の前にして、それができない辛さは同じ男としてよくわかるからね。ともかく番と言う関係を持ち、避妊をせずにするような性行為は倫理的にも山野君の身体の事を考えても、そしてこの薬を待っているΩの方達の為にもやめてもらいたい。それが私から君へのお願いだ。」 まっとう過ぎるほどにまっとうな事を言われ、挙句に山野の身体の事まで言われては頷くしかない。 「分かりました。」 「そうか、ありがとう。実のところ、兄としては弟の恋を応援したいと思っているのだが、そちらはどうだろう?君や山野君のような弟なら私は大歓迎だよ。」 いきなり玉井の事を尋ねられ、スマホを落としそうになる。 「いや、それは…その…」 言い淀む僕にはははと笑うと、 「その感じだと、あいつにも少しは脈があると思っていいのかな?それなら兄として少しは嬉しいんだけど。」 そう言うと、弟に代わってもらえるか?と言われて玉井にはいとスマホを渡す。 受け取った玉井が話を聞きながら相槌を打っている。 暫くうんうんと話を聞いていたが、急に顔を真っ赤にして、 「分かってるよ!そんな事しないって!もう、切るからな!おやすみ!!」 そう怒鳴るように言うとぶつっと通話を切った。 「はぁ。兄貴がなんか色々と言ったみたいだけど、まぁ、そういう事だ。」 玉井がため息交じりに言う。 「僕も山野との関係を今すぐどうにかしようと思っていたわけじゃないけれど、お兄さんの話を聞いて、もっとしっかりと考えなきゃいけないと思った。」 「福木…ありがとう。」 山野が目に涙を浮かべている。 その涙を指で拭うと、咳払いをする声が聞こえた。 「なんだよ、玉井。別にこれ位はいいだろう?」 抗議する僕に向かって、玉井がぐぐっと近付いてきた。 それを山野が僕との間に入って制す。 「山野、どけよ。」 玉井が低く唸るような声を出す。 それに一瞬(ひる)みそうになりながらも山野が僕を守るように立ち塞がり続ける。 「玉井の気持ちは俺にも分かる。だから今のような事はこの週末は一切なしにしよう?」 思いもかけない山野の提案に僕も玉井もえ?となった。 「俺だって、福木と…その…色々したいと思っているけど、この週末は我慢する。だから、玉井も我慢して欲しい。」 顔を真っ赤にして山野が玉井に訴える。 「何でお前に言われてやめなきゃいけないんだよ⁉」 玉井が山野に食って掛かる。 「お兄さんが…」 「兄貴が?」 「お兄さんが言ってた。玉井も僕も少し冷静になった方がいいって。福木に対して、お互いに焦りすぎてるって。一度、自分達の気持ちを分析したらどうだ?って。」 「山野にも言っていたのか…ちっ、分かったよ。この週末に関しては福木に手は出さない。休戦って事でいいな?」 玉井が言うと山野が頷き、僕に向き直る。 「福木も、だよ?」 「え?僕もなの?」 山野に言われて一瞬残念な気持ちが沸き起こるが、先ほどの玉井のお兄さんの言葉を思い出し、仕方ないかと言うように頷いた。 「絶対に抜け駆けするなよ!」 玉井が山野に向かって念押しする。 「分かってるよ。福木も、いい?」 頷く僕を見て山野も玉井も頷いた。 こうして楽しく甘く山野と過ごすはずだった僕の計画は完全に崩れ、3人が互いに互いを監視し合うという奇妙な週末が、何をする事もされる事もなく過ぎ去った。

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