19 / 37

第19話

あまり人の来ないトイレとはいえ、数人の生徒が常時いる中でまさか二人で個室から出るのもためらわれ、仕方なく隠れるように時間が過ぎるのを籠もって待つしかなかった。 僕はペーパーで玉井の精液のついた手をごしごしと拭きながら、べたべたが取れないと周りに聞こえないように小さな声で愚痴る。 玉井がほらと言うように自分の手を出すので、そこに僕の手を乗せると新しいペーパーで拭き出した。 「いいよ、後で洗うし。」 しばらくそれを眺めながら、そう言って玉井の手から自分の手を引っ込めようとしたが、玉井がぐっと掴んでいて動かない。 「玉井?もういいからさ。」 再度引っ込めようとするが、玉井は僕の手を離してくれない。 黙って僕の手を拭き続けている玉井の肩に手をかけて軽くゆすると、玉井が手を拭いたままで口を開いた。 「福木…俺の事どう思っている?」 突然の質問に頭が追いつかず、しばらく黙り込んだ。 「福木?」 玉井が拭いている手を軽く引っ張った。 「どうって言うけれど…ただのクラスメイトだと思っていたやつにこんな風にされて、それでどうって言われても…。」 「俺はお前が好きだ。」 玉井が僕の顔をまっすぐ見つめる。 「知ってるよ。」 「そうじゃない。俺のは子供じみた軽い好きじゃないんだ。お前と一生を共にしたい、結婚したいんだ。」 突拍子もない玉井の告白に危うく大声が出そうになるのを、手で口をふさいで事なきを得た。 「い…今言うなよ!驚いて声が出そうになっただろ!」 僕が抗議するが、そんなのは気にもしないかのように話を続けた。 「俺の家は知っての通りできのいいαの兄貴が継いでるから、俺は特に何をしてもしなくてもどうでもいい存在なんだ。両親も兄貴も俺を可愛がってくれるし、お前の好きなように人生を送ったらいいとも言ってはくれるんだけど、それじゃあ俺はこの家にとってなんなんだ?いらない存在なのか?ってつい拗ねたような事を考えてしまって。」 玉井がそこまで言うと言葉を止めた。 「玉井?」 玉井がじっと僕を見つめて掴んでいた手を両手で握りしめた。 「学校でもαだとわかると友達面して寄っては来るが、俺と友達になりたいんじゃない。αっていう存在と友達になりたいだけだ。外でわざわざαに力を入れて喋って、周りの人間の羨望なのか嫉妬なのか知らないが、そう言う視線を受けて悦に入っているようなやつらばかりだ。」 ぎゅうっと僕の手を握る玉井の手に力が入る。 「ずっと思っていた。俺は玉井家の次男でもαでもない。俺は俺、玉井優大(ゆうだい)だって。そういう悶々とした中で過ごしていた時、お前が言ってくれたんだ。あのαって何だそれ?玉井は玉井だろう⁈ちゃんと名前で呼べよ!ってな。」 そう言うと、僕の手を自分の唇に持って行き、軽くキスをした。 「俺は嬉しかったんだ。俺の言いたかった事を言ってくれたうえに、俺のために怒ってくれる奴がいてくれるって事に。」 そう言うと僕の顔をじっと見つめた。 「お前のことがそれから気になって、色々見たり聞いたり調べたりしている中で、やっぱりどこかで人との間に線を引き、人生をつまらなさそうに生きている感じを受けて、こいつとなら想いを共有できるんじゃないか?って思ったんだ。」 「それであのちょっかいかよ?」 「仕方ないだろ?最初は普通に喋りかけていたけれど、それだとお前はクラスメイトの一人としてしか思ってくれない。俺をお前に特別視してもらう為にはああやるしか思いつかなかったんだ。」 「思考回路が小学生かよ!」 はぁとため息をつきながらも、僕と同じようなことを考えていた玉井に、何だか心がきゅうっとする。しかも一生懸命に僕を振り向かせようと試行錯誤した結果があれかよと思うと、こんな風に無理矢理するような奴なのに不覚にも可愛いと思ってしまった。 「初めはそうやって俺のことを他のやつらとは違うって認識してもらえれば良かった。だが、山野が出てきた。」 さっきよりも僕の手を握る手に力が入る。 「あの山野との仕事をしている最中から、お前が変わっていった。何故なのか最初は分からなかったが、あの朝、全てを理解した。 悪かったと思っているが、頭の中が真っ白になって、瞬間行動していた。」 「おまえなぁ…。」 呆れたような声を出す。 「悪かったと思っているけれど、お前と山野の距離が近付いていくのを見ていると、どうにもならない衝動を抑えられないんだ。本当はお前を俺の部屋に閉じ込めておきたい。誰にも、山野にも見せたくないし触れて欲しくない。」 「怖いよ、それ。」 「兄貴にも言われた。少し落ち着けって。でも、お前が欲しい、お前を俺のものにしたい、俺だけのものにしたい。俺だけを見ていて欲しいって言う感情が湧き上がって止まらないんだ。こうやって二人きりでいるこの空間、時間全てが愛しくて堪らない。このまま時間が止まればいいとさえ思っている。」 「トイレでか?」 あまりに玉井が真剣すぎて、それを少しでも何とかしたくて冗談めかして言ってみる。 「あぁ、トイレでもだ。」 優しく微笑む玉井に鼓動が早まる。 「僕はこんなところじゃいやだよ!」 心を隠すように怒ったように言うと、ぐっと手を引っ張る。 瞬間、もう片方の手も掴まれ、玉井の胸の中に抱かれていた。 「玉井っ!」 抗議する僕の髪に顔を埋め、 「ここじゃなきゃいいのか?ここじゃない、ちゃんとした所でならお前を俺のものに、俺だけのものにしてもいいのか?」 「ダメに決まってるだろうっ!福木、大丈夫か?気分悪いの平気か?」 山野の声がトイレの中に響き渡る。 「くそっ!福木、出る前にもう一回、な?」 玉井が甘い声で囁くと唇を重ねてきた。 「ふぅ…ん」 さっきの話を聞いたせいか、僕も玉井を易々と受け入れてしまう。山野が扉の向こうで、ノックしているのを聞いて、早くこの場から出なければと言う気持ちに覆いかぶさるようにして出てきた、もう少し玉井とこうしていたいと言う気持ちに驚きながらも、玉井にされるがまま唇を合わせ続けていた。 玉井がようやく唇を離した頃には僕の全身からは力が抜け、玉井に抱きついていないと立てない位だった。 「もう一回、するか?」 玉井の言葉に頷く。それを見て、玉井が逆に驚きの声を上げる。 「お前、いいのか?」 「仕方ないだろう。お前が欲しくて堪らないんだ。」 「でも、山野が…」 「分かってるから、早くしろって!」 そう言うと、僕の方から顔を近づけていった。 「積極的なお姫様だな。でも、そんな福木もいいな。」 そう言うと僕を再び抱き抱え、キスをしたままで扉を開いた。 驚いてトイレ内を見渡すが、気が付かないうちにすでに本鈴がなった後のようで、他の生徒の姿はない。 ほっとしたのも束の間、山野が玉井と僕のキスしている姿を見て、玉井の背中を叩く。 僕も流石にこのような状況でキスをされるとは思わず、体をばたつかせて抵抗するが玉井が舌を絡めて僕を離さない。 先ほどのキスで力の抜けきった体が、今度は玉井に与えられる快楽にびくんびくんと痙攣し出した。 山野がそれを見て、僕に駆け寄るとズボンのチャックを下ろして、あの公園の時のように下着の上から下半身を擦り出した。 「んんっ⁈」 驚いて声が出る。 玉井もちっと舌打ちをするが、仕方ないと言うようにそのままキスし続ける。 僕は上と下からの刺激に全身が震え、ぎゅうっと玉井の首を掻き抱くようにして、今度は山野の手によって果てさせられた。 遠くの方で山野と玉井が僕を呼ぶ声を聞きながら、抗えない力によって瞼を閉じた。

ともだちにシェアしよう!