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第29話
玉井が部屋を出て行ってから、どれ位の時間が過ぎたのだろうか?
この部屋に入って来た時には既に窓にはカーテンが閉められていて、外の明るさで判別する事はできない。
玉井がつけて行った蛍光灯の明かりの下で、拘束具のチェーンを鳴らさないように出来る限り動かないようにしながら、玉井のお兄さんの言葉の意味をずっと考えていた。
妊娠の兆候がある…山野に?
嘘だろ?
昨日、初めて結ばれて、その日の内に妊娠が分かるなんてことがあるのだろうか?
いくら考えても、それはおかしいとしか思えない。
そうすると、山野は一体どうやって妊娠したのだろうか?
いや、どうやっては分かっている。
誰とどうしてそうなったかだ。
僕がそんな事を考えていると、突然扉が開いた。
玉井が一人で部屋に入って来る。
その顔は渋く、僕の顔を見ると大きなため息をついた。
「玉井!山野は何だって?なあ、玉井っ!」
「ちょっとは静かにしろよ。山野とはちゃんと話してきたし、お前にもきちんと話す。」
「それで?」
ベッドにぎしっと腰をかけると、玉井が話し始めた。
「知らない男にずっとされていたらしい。しかもかなり長い間だ。」
「知らない男?どう言う事だ?」
「お前が初めて山野と帰った日に、何かあっただろう?」
玉井が僕に尋ねる。
「山野から甘い匂いがして、僕が暴走しそうになったんだ。」
「それで山野をおいて帰ったのか…。」
なるほどと玉井が一人で納得する。
「それがどうしたんだよ?」
話を先に進めるように促す。
「お前が去った後で通りすがりのαが助けようとしてくれたらしいんだが、いかんせんあの匂いをプンプンさせてるΩだ。匂いに抗えず、そのαはその場で暴走し、山野は誰にも助けてもらえずにレイプされたんだ。」
玉井の話に言葉が出ない。
あの時僕が山野をおいてさえいかなければ、と後悔に飲み込まれていく。
ただ、あのままあそこにいれば、見ず知らずのαと同じく、山野を僕がレイプしていただろうが…。
「どうやって知ったのか、山野が学校ではΩである事を隠しているのをバラすぞと脅されて肉体関係を迫られ、山野は誰にも相談できず、そいつとの関係をずっと続けていたらしい。それで、ここにきての妊娠ということになったようだ。」
玉井の話を聞きながら、最初の日にかけた電話のことを思い出していた。
大丈夫かと聞いた僕に山野はわからないと答えた。
あの時にはわからなかった言葉の意味が、この話を聞いてようやく分かった。
レイプされた後だったから、自分の体が大丈夫かどうなのかわからないと答えたんだろう。
だが、僕がそれを知らないことに気がついて、何でもないように振る舞っていたのか…。
悔しくて涙が出そうになる。
昨夜のことにしてもそうだ。
いくら山野が準備万端にしていたとしても、あんな風に指を入れたり、僕を易々と飲み込むなんて、やっぱり出来るわけがない。
ずっとされ続けていたから、だからっ!
ピースが埋まって出てきた絵のあまりのおぞましさに、吐き気がする。
「福木、大丈夫か?」
玉井が僕の手の枷を解いて、上半身を起こさせる。
「まさかこんな話だとは思わなかったからな。さすがに俺も何も言えなかったよ。」
そう言って、足の枷も解いていく。
「玉井?」
「さすがに今夜はお前を独占なんて出来ないよ。話し合った結果、山野も今夜は病院に泊まることになった。兄貴には話をつけてある。個室だし、防音も完璧にしてある部屋に山野を泊まらせた。何をしようとお前らの勝手だ。ただ、噛むなよ?」
そう言って、首をガードするためのものを僕に手渡しながら、
「そう何度も自分の手を噛むわけにはいかないだろう?」
包帯の巻かれた手を見てニヤッと笑った。
「一応、警察には届けることにした。明朝、兄貴が山野の親を病院に呼んで話をするってさ。子供の事は…それから考えようってことになった。ただ、山野は産みたそうだったな。」
ほらと言うと、玉井が僕を立たせる。
そのまま扉まで連れていかれ、開けた先にお兄さんが待っていた。
「塩を送ることは出来ても、お前を山野の元に連れて行けるほど俺は人間ができていない。悪いが、兄貴と行ってくれるか?」
分かったと頷くと、おやすみと言って玉井が僕を見ずに扉を閉めた。
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