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第32話

部屋の中にはユニットバスも完備してあり、一緒に入る?と尋ねる僕に、 「絶対シャワーだけじゃすまないし、時間もないからだーめ!」 「だったら時間がある時になら入ってくれる?ただ、入るだけじゃ、すまないけれど…」 「エッチいよ、哲雄。でも…いいよ。」 小さい声でそう言うと、僕を部屋に残して幸也はユニットバスに続く扉の中に入ると、鍵を閉めた。 一人取り残された部屋で、今の会話で昂りそうになる気持ちと諸々を鎮められそうだなと清掃の人に迷惑をかけない位にはと思い、掃除と片づけを始めた。 暫くすると幸也が髪を拭きながら出てきた。 僕が片付けているのを見て、後はやっておくからシャワー浴びてきなよと言うので、後はまかせてシャワーを浴びに行く。 ちょっとしたホテルよりも快適だなと頭を洗いながら周囲を見回す。 ふと、この後の事が頭を()ぎり、暗い気持ちになった。 しかし、すぐにその気持ちを打ち消すように首を振ると、 「幸也をこの先僕が守るんだ…絶対に。」 鏡に向かって、僕に宣言した。 髪を拭いて、シャワーヘッドにタオルをかけると、服を着て扉を出る。 「おはよ。」 ベッド横のソファに主のように玉井が座り、片手を上げた。 「玉井…」 「よく眠れ…たわけないよな?大分、使ったみたいだし?」 そう言って、ベッドサイドに置いてある箱をカラカラと振る。 「玉井には、関係ないだろう?」 そう言って箱をひったくると、ポケットにねじ込んだ。 「まぁ、今回はな。それよりも、そろそろ行くぞ?朝ごはんも出来てるしな。」 ベッド横で僕らのやり取りを聞いていた幸也に手を差し伸べると、大丈夫だよと玉井の後について歩き出した。 玉井と部屋を出て病院のロビーを横切って行く。 すでに患者さんでがやがやと騒がしい中、壁掛けの大画面テレビがニュースを伝えていた。 「え?」 すたすたと歩いていた幸也が突然立ち止まった。 テレビ画面を見たままで動こうとしない。 「どうしたの?」 声をかけると、 「こいつ…こいつが俺をっ!!」 そう言って床に座り込んだ。 少し先を歩いていた玉井が足早に戻ってくると、どうした?と僕に尋ねた。 「分からない。」 幸也の顔を覗き込むと、真っ青な顔をしてガタガタと震えている。 「どうしたの?」 再び尋ねる僕に、 「いまのニュースで、死んだって。電車内で痴漢して、逃げてる最中に車に当たって死んだって。」 「幸也、誰が死んだの?」 「あいつ、僕を散々好き勝手にしたあいつが死んだんだ…。」 僕と玉井が顔を見合わせる。 「ともかく俺は家に戻って調べる。福木は山野が落ち着いたら戻ってきてくれ。」 そう言って家に続く扉に向かって駈け出して行った。 「幸也、少し歩ける?」 頷く幸也の肩を抱くようにして、ロビーに置いてあるソファに座らせる。 「幸也、大丈夫?」 「大丈夫。でも、もう少しここにいさせて?」 「分かった。落ち着いたら言って?」 頷いて背もたれに頭を乗せて目を瞑った。 暫くすると、はぁと息を吐いて目を開いた。 「そろそろ行こうか?俺が行かないと、話が始まらないだろうし。」 立ち上がった幸也が僕に向かってだろ?と問う。 そうだねと僕も立ち上がると、玉井の去って行った方に向かって二人でゆっくりと歩き出した。

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