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第十章・5
擦り切れる日々に疲れ、和正は転職した。
自分を知らない人々の中に新しく飛び込み、1からやり直すつもりだった。
「無心に仕事に没頭して……、すっかり吹っ切れたつもりだったけど」
祐也、と和正は顔を向けた。
その眼は、少し赤かった。
「祐也に、出会った。居眠りしてた俺を優しく起こしてくれた君に、忘れていたやすらぎを覚えたんだ」
俺はこの通り、ダメで情けない人間なんだ、と和正は両手で顔をぬぐった。
「和正さんは、情けなくなんかありません。僕は、それを良く知ってます」
「慰めてくれるの? 優しいね、祐也」
「慰めじゃありません。本当のことです」
祐也は、和正の手を取った。
「僕がどれほど和正さんに救われたか。自分で気づいてないんですか?」
「俺は祐也を好きになった。だから、手に入れただけだよ」
「好きになってくれて、ありがとう。和正さん」
今度は僕が話します、と祐也は和正の手を強く握った。
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