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第4話

「……まぁ、そういったところです」 「……」  「内定者の皆さん、会議室112にご集合願います」受付けの女性が内線からの伝言を棒読みで伝える。 「——一ノ瀬君、今夜、飲みに行きませんか」 「へ?!」  飛躍した誘いに、素っ頓狂な声を上げざるを得ない。 「私、まだ諦めていないんですよ」    「といっても、それは望み薄なので、単純に貴方を知りたいです。どうですか?」一十木は柔和に微笑んだ。  一ノ瀬の隣では加持が疑問符を浮かべて呆けている。 「——はい、是非」 「では、今集められた親睦会ですか? それが終わり次第これに連絡ください」  名刺を差し出して、その場を颯爽と立ち去っていった。 「音也。あの社長さんと知り合いだったんだ」 「え、いや。去年の説明会で一度話しただけだよ。俺の底を見られたような気分だったけど、あの人の助言のおかげで就活はノーミスで行けたんだぜ!!」 「ノーミス?」 「ああ。スウェット姿、寝起きの頭なのを忘れて説明会に出ちまったからな。視線が痛いと思ったら言えばいいのに、誰も何もいわねぇからさぁ」 「え、つまり? 起きたままの格好で外に出たの?」 「そうゆうこと。んで、一番前に真剣な顔した俺が座って聞いてんの」  思い出して笑いが込み上げてくる。くつくつと小さく笑いを噛み締めて「そんで、赤い頭のままだったんだよ」とくわえる。 「何それ、ちょー音也じゃん、それ」 「怒られはしないしアドバイスも貰えたんだけど、何より、そんな身なりの俺の話に興味を持って、傾聴してくれたんだ。今でも印象に残ってるし、ちょいちょい説明会の案内とか招待されてたんだけど、その時には此処に内定貰っててさ」 「へぇー。なんか僕は面白くないけど、良かったじゃん。で、早速今、引き抜かれそうになったていうシンデレラ的な感じ?」  加持の柔らかな髪も、大きな猫目も、多少の鋭さを帯びているような気がした。  「社交辞令の範囲内だろ。というより、うちを選ばずにライバル企業に鞍替えして、くらいの面持ちだったぞ、あれ」射抜かれんばかりの一十木の瞳が、眼裏にこびりついている。 「だといいけど。一ノ瀬は、引き抜きの案件が来てもこの会社にいるよね? やりがいなら、きっと此処でも見つけられるよ。僕がいるんだし、雑用ばかりの仕事はさせないからさ」 「お前は社長の愛人にでもなったのか」 「それは秘密ー」 「——ったく、どうやって入社したんだか」  会議室112には既に内定を貰った新入社員となる学生がわらわらと集合していた。同期の親睦会ということもあり、そこはまるで大きな婚活会場のような賑わいを見せている。  連絡先の交換会と化した会場に一ノ瀬はもちろんのこと、加持は男女問わずに申込みが大勢だ。  加持が同期らの対応に猫を被って対応している間に、一人の男が一ノ瀬に声をかけた。「さっき、一十木社長と話してましたよね」。 「え、そうですが」  呼応するように敬語で返す。 「いやぁ、純粋にすごいなと思って。こういう方と仲良くなりたいと思ってました」 「わ、わぁ……俺はそんなスゴい奴じゃないんで、勘違いですよ」 「そうだよ!! 音也は勢いだけが取り柄なんだから!!」  「ね? 音也?」いつの間にやら一ノ瀬と男の間に入り込んで、距離が自然と空く。加持は、一ノ瀬より小さな体を活かしている。 「すごい失礼だね、アンタ」 「——ちょっと、態度急変? そんなあからさまなゴマスリして、恥ずかしくないわけ?」 「社会人は人脈だよ」  これを皮切りに、初対面のはずの加持と一ノ瀬に近づいた男は険悪になる。

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