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第5話一十木洋平
ライバル企業に用もない訪問をした後、一十木は「△△の予約をお願いします」と部下に頼み、自身は車に乗り込んで微動だにしない。
「髪の毛黒くなってましたね……。それにしても、どうしてよりによってあそこに就職決定されたのか……。あそこは私のビジネスモデルややり方をとことんモノマネしているなんちゃってベンチャーですよ」
組んだ足を逆に組み直して、自身の就職サイトに登録している一ノ瀬のアカウントを凝視する。
赤髪のままの写真を貼り付けて、落ち着いた雰囲気の店らしきところでグラスを片手に持っているのが大学生らしい。
「貴方の素性はこのくらいしか知りませんが、裏を返せば、無条件にここまでの情報を無償で手に入れることができる——手間が省けることこの上なしですね」
突如画面が切り替わる。非通知の着信に応答し、柔和に笑む。「はい、一十木です。一ノ瀬君ですね? お待ちしていました」。
「そちらにすぐ車を寄せますので、エントランスホールでお待ちいただけますか?」
何やら一ノ瀬サイドの外野が騒々しい。興奮した音をスマホが丁寧に拾い上げている。
「他の方といらっしゃるんですね?」
「すみません、それが——」一ノ瀬の困ったような声色が窺えると思った矢先に、誰かが一ノ瀬のスマホを取り上げたらしい。
「あ、もしもし、お電話替わりました。初めまして、鈴木と申します。突然の自己紹介失礼します——」
「……はい、鈴木さんですね。一ノ瀬君に交代願えないでしょうか? 彼とは待ち合わせをしなければならないので」
「ですので、私もご同行したいので、待ち合わせ場所を教えてくださいませんか?」
「……△△に予約をとってあります」
「ありがとうございます!! 私は現地に先に向かっていますね!」
男が喜んでいるのを反比例に、一十木は気分を下げていく。さらに奥で「アンタがOKなら僕も行くし!!」と喚いているのもしっかり聞こえている。
(嫌ですねぇ……はっきり断れたら良かったのですが。近くに一ノ瀬君が確実にいるのに、下手なことは避けるべきですよね……はぁ、鬱陶しい)
「一十木社長! すみません!! 俺、社員でもないし友人でもないのに、勝手にツレまで」
「一ノ瀬君が謝ることはありません。こういう人脈作りって大事なんですよ。独立するしないにかかわらず、です。助けになる日が来るかもしれませんしね」
「そうですね、彼らを見習うべきなんですね」
「その話も含めて会ってお話しましょう。そこのお連れの方々もお迎えに参りますので、全員、その場に待機と伝言お願いします」
通話を一旦やめて運転手にいう。「車を表に寄せてください」。
一息ついてスマホをポケットにしまう。静音の車内では、運転手のハンドル操作の摩擦音が誇張される。
到着すると、エントランスホールでスーツに着られている一ノ瀬と小さい男、それからそこそこ似合う男——ソイツがおそらく一ノ瀬の電話で横入りした鈴木という男だろう。
野心剥き出しの男は、一十木を見つけるなり、我先にと駆け寄る次第であった。
「みなさん、お待たせしました。今から私の車で行きますので、乗ってください」
「初めまして。先程、お電話を替わりました鈴木です」
握手を求めてきた鈴木に応える。一ノ瀬が見ている手前だから、と脳内反芻で乗り越えた。
自分の手と然程変わらない大きさのじっとりとした掌に、気色の悪さを感じずにはいられない。
普段の交渉でも大きな嫌悪感を抱くことはそうそう無い。しかし、今回は鈴木に対して一十木のメリットが無い上に、搾取されるだけの立ち位置だ。
くわえて、小さい男は一十木を品定めするような視線の送り方をする。上から下まで見て、それから、一ノ瀬の視線も確認している。
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